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この20年、金融ビジネスのグローバル展開に伴って多くの金融機関の海外売上比率は飛躍的に上昇しました。しかし、グローバル金融機関の株価と時価総額を見てみると、全方位的に事業を展開している金融機関が必ずしも大きく成長しているわけではありません。成長が見られるのは意外にも、母国と同一経済圏・文化圏に注力して事業を展開する金融機関と、母国に注力する金融機関です。

今回のウェビナーでは「グローバル展開成功の要諦とシナジーを創出するガバナンスの在り方」と銘打ち、金融ビジネスにおけるグローバリゼーションと日本の金融機関への示唆について語られました。

特定のマーケットにフォーカスしている金融機関が高い評価

まずはグローバルでビジネスを展開する主要金融機関の海外売上比率から「ローカル志向(海外売上比率が30%未満)」「リージョナル志向(海外売上比率が30%以上で、母国と特定の地域にフォーカスして展開)」「グローバル志向(海外売上比率が30%以上でグローバルに幅広く展開)」の3つのグループに分類し、20年間における時価総額の伸びを評価しました。

平均的にはすべてのグループが伸びていますが、銀行業では特にリージョナル志向の金融機関が、保険業ではローカル志向の金融機関の時価総額の伸びが大きいことが見てとれます。

フレームワークでグローバル主要金融機関の成功を分析する

かつてはクロスボーダーのM&Aがグローバル展開の要でしたが、2010年代にデジタルシフトが始まり、現在はM&Aによって獲得したケイパビリティやテクノロジーを自社のポートフォリオと組み合わせて大きなシナジーを生むことが重要なテーマとなっています。

ここからは下記のフレームワークを使い、グローバルの主要金融機関がどのようにポートフォリオを見直し、発展を遂げてきたのか考察していきます。下記の図の縦軸は業容拡大やデジタル活用といった「ビジネスの進化」、横軸はローカルからリージョナル、グローバルといった「マーケットの拡大」を示しています。

ウェビナー本編では、このフレームワークを用いて4つの金融機関の事例を解説しましたが、本ブログではシンガポールのDBSのみを抜粋して紹介します。テクノロジーカンパニーへのシフトに成功し、今や世界的にデジタルで金融業界を牽引する存在となったDBSの設立は1968年。1998年に郵便貯蓄銀行の買収でシンガポールにおける基盤を拡大し、リージョナル展開としてアジア拠点の拡大に乗り出しますが、2013年にはインドネシアのダナモン銀行の買収を断念し、テクノロジーカンパニーへのシフトを宣言します。

そこからの快進撃は多くの人が知る通りです。インド初のデジタル銀行であるデジバンクの設立、デジタル資産や仮想通貨の取引所の開設といった進化を続け、デジタルとリアルの両面からリージョナル展開を活発化しています。

グローバル展開におけるガバナンスの効かせ方

次は、再び上述のフレームワークを活用しながら、グローバル金融機関のビジネスの展開パターンの類型とガバナンスの効かせ方について見ていきます。

まず銀行業において、母国での事業拡大とリージョナル展開については「勝ちパターン」が確立されているものの、難所であるリテール領域におけるグローバル展開では多くの企業がポートフォリオを見直す傾向にあり、現在は新しいビジネスの志向と他国への横展開、母国への逆輸入といったビジネス展開が主戦場となっています。

そして保険業においては、スケールの追求と、デジタルを活用したエコシステムの形成が大きなテーマとなっています。

グローバル展開におけるガバナンスの強化については、万能の処方箋というものはありませんが、買収に長けている企業は買収先企業の成長ステージに合わせてガバナンスの効かせ方を変えています。

例えば成長軌道にある企業の場合は、基本的に現地主導。業務見直しやコスト削減などのガバナンスを効かせすぎると、かえって成長を止めてしまう可能性があります。また、一時的に成長の踊り場にいる企業の場合も、基本的には現地主導としながら、グローバル購買などのスケールメリットが効く領域を支援します。

逆に強いガバナンスを発揮する必要があるのは、成長曲線がフラットになってしまっている企業の場合。このままでは成長が難しい場合は、グローバル主導で業務の見直しやコスト削減に取り組む必要があります。

スケールメリットが効く支援として挙げられるのは、ITアーキテクチャを起点にしたグローバルガバナンスの構築です。ITの領域ではグローバルで標準的に適用できるソリューションが拡大しており、スケールメリットを享受しやすくなっています。基幹系はローカルでの知見が必要な領域ですが、その周辺領域ではSalesforceWorkdayMicrosoft といったクラウドのプラットフォームを活用することでスケールメリットを効かせたガバナンスが可能です。

一方、フロントエンドやアナリティクス/AIといった領域は競争力の源泉でもあることから、足元で機動的に対応できるよう、できるだけローカルでケイパビリティを蓄積することが望ましいと言えます。

ビジネスの「逆輸入」で日本の金融機関の競争力を高める

こうしたグローバル金融機関の成長やビジネス展開から、日本の金融機関はどのような示唆を得られるでしょうか。

日本の金融機関の海外売上比率は、過去15年で飛躍的に増加しました。先述のフレームワークで言えば、ローカルからリージョナル、グローバルといった右側へのシフトは大きく進行したと言えます。ですが、新しいビジネスとイノベーションといった次の段階に登っていくためには、まだやるべきことがあると言えます。

 

日本の金融機関が取りうる方法としては、BaaSやエコシステム形成など、まだ日本では時間がかかりそうなことを海外でトライしてみる。そして得た経験を人材とともに日本に持ち帰り、試行したサービスを日本に逆輸入するというやり方です。

それぞれの状況に適したグローバル展開を

ここまで見てきたように、グローバル金融機関の中でも特に時価総額を伸ばしている企業は、成長が見込める国や地域を絞っています。中でも銀行業ではポートフォリオの見直しとデジタルを活用した国境を超えたビジネスの加速が進み、保険業では地域や事業を選別したスケールの拡大とデジタルによるエコシステムの形成が大きなチャレンジとなっています。

グローバルで買収のチャンスが増える一方で競争が激化している中、日本の金融機関は成長市場でチャンスを伺いつつ、今後は海外で試行したサービスを日本に逆輸入する仕組みも求められるようになっていくでしょう。