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リーマン・ショックや新型コロナウイルスの拡大といった景気縮退期を除くと、世界の銀行の収益は総じて成長傾向にありますが、GDPに占める銀行の収益割合は減少の一途を辿っています。つまり、他の産業に比べて成長が低いという状況が続いています。
しかし、グローバルでは企業価値を大幅に高めている「勝ち組」の銀行も存在しています。日本と同じ低金利環境において、グローバル大手銀行はどのような戦略を取り、実行しているのでしょうか。そこから日本の金融ビジネスはどのような示唆を得ることができるのでしょうか。
今回の金融ウェビナーでは、世界の銀行業界の成長を牽引しているグローバル大手銀行の戦略について見ていきます。
「勝ち組」企業との差が開き始めている
まずは銀行の収益動向です。ビジネスセグメントとしてはリテール領域が急速に減速する一方、アセット&ウェルスマネジメントは急成長、法人向けのホールセールは堅実な成長を続けています。また、銀行業界の成長を牽引しているのは主にグローバルのトップ上位15行の銀行であり、その他の銀行とは徐々に差が開き始めています。
リテール向けのビジネスモデルについては、主にマス層を中心に進んできたデジタルトランスフォーメーション(DX)から、更なるスケールのためのBaaSが進みつつあります。また、従前はリテールのデジタル化はマス層がメインでしたが、人口自体が世界的に増えているウェルス層にも拡大を見せています。
特にデジタルバンキングは欧州で先行しており、大手銀行傘下のデジタルバンクと独立系デジタルバンクが競合しています。商品別に見ると、特に普通預金・決済・貸出などの基本的な銀行商品に絞ったデジタルバンクの利用者が増えており、サブ口座としての利用が広がっている傾向があります。顧客数の拡大に伴い、それまでは収益化に苦戦していたデジタルバンクも収益が大幅に改善し、大手銀行系列のみならず独立系のネオバンクも黒字転換を始めています。欧州に限らず、今後もデジタルバンクの流れは加速していくと言えるでしょう。
エンベデッド型のビジネスモデルで成長力を担保する
続けて法人向けのビジネスです。大企業向けのビジネスとしてゴールドマン・サックスを例に取ると、投資銀行業務や市場領域の成長の限界を見越し、安定収益を求めてトランザクションバンキング領域に参入しています。ゴールドマン・サックスは「API First」を掲げ、サードパーティのプラットフォームにトランザクションバンキング機能を組み込むことでビジネスを拡大しています。
また、大企業のトレードファイナンスの流れはSaaS型ソリューションをテコにして中小企業向けにも広がっています。中小企業向けのサービス提供のあり方として、まずひとつは銀行が各ソリューションを利用して顧客に対してサービスを提供するB2B型のモデルがあります。B2B型ビジネスにおいては、海外銀行は既存のプラットフォーマーやフィンテック企業などと組み、サプライチェーンファイナンスを中心としたトランザクションの取り込みに注力しています。
そしてもうひとつは、銀行がプラットフォーマーの裏側に立ち、SaaS型ソリューションに金融機能を組み込むというエンベデッド型のB2B2B型モデルです。B2B2B型の事例として、シンガポールのDBS銀行は大手天然ゴム商社と組み、多くの企業が使用しているサードパーティのプラットフォームにトランザクション・バンキング機能を組み込むことで、ビジネスを拡大しています。
旧来の銀行ではなく、テクノロジー企業として自らを再定義する
こうした戦略やビジネスを実行するためには、競争力の源泉となる組織・人材面の戦略もきわめて重要です。
業界を超えた人材獲得が激化する中で銀行が勝つためには、「組織に人を合わせる」のではなく、「人に組織を合わせる」べく自らを変える必要があります。市場での戦い方、企業風土、意思決定のあり方、組織設計など、あらゆる面で「これまでの銀行」からの脱却が求められます。
例として、シンガポールのDBS銀行やタイのサイアム商業銀行(SCB)は、「銀行」ではなく「テクノロジー企業」として自らを再定義し、人材の獲得力を磨き上げています。
また、その他のグローバル大手銀行に目を向けてみても、テクノロジー人材を獲得するためトップマネジメントが積極的にブランディングの発信を行ったり、人材獲得のための投資を惜しまないなど、まさしくテクノロジー企業と同様の振る舞いを取っています。
テクノロジー
グローバル大手銀行はテクノロジー戦略にも注力しており、IT支出の割合を増加させています。特にJPモルガン・チェースの2020年のIT支出額は98億ドルと最大規模を誇ります。もはやテクノロジー企業と呼べるような力の入れようです。
また、グローバル大手銀行が投資を進めている新規領域としては、量子コンピューティング、Web3/DeFi、レスポンシブルAI(責任あるAI)などがあります。これから注目度が高まってくるものとして、これらの領域においても注視しておく必要があります。
日本の金融機関に対する示唆
これまでの内容をもとに日本の金融機関への示唆をまとめます。
まず、グローバル大手銀行は資金力を生かしたIT支出を行い、大手銀行とそれ以外との差が拡大しています。規模の小さい銀行は、ビジネスモデルや顧客特性など、特色のある領域で強みに磨きをかける必要があります。
次に、エンベデッド・ファイナンスの拡大です。デジタル化によりファイナンス機会の探索や提供は金融機関だけのものではなくなり、自社チャネルに固執せずに顧客にファイナンスを届けるエンベデッド型のビジネスモデル構築はもはや不可欠です。
3つ目に、サプライチェーンファイナンス、トレードファイナンスにおける海外銀行との違いです。現在も旧来型の仕組みや商習慣が残っている領域ではありますが、海外の金融機関はプラットフォーマーとのオープンアライアンスに取り組んでおり、大手日系企業の海外移転が進むほどにサプライチェーンファイナンスやトレードファイナンス機会の争奪戦はグローバルメガ金融機関を巻き込んだ戦いになるでしょう。
4つ目に、デジタル活用はマスリテールだけのものではなくなり、ウェルス、大企業、中小企業のすべての領域で本格的なDXが進展します。この点においても、自社のチャネルやケイパビリティにこだわらず、オープンアライアンスでビジネスモデルを再考することが求められます。
そして最後に、テクノロジー人材を中心とした人材獲得の争奪戦です。優秀な人材がテクノロジー企業に集う時代において、金融機関は「テクノロジー企業に負けないほど面白い企業」に変わる必要があります。報酬体系から企業文化、フレキシブルな仕事環境、企業プロモーションのすべてにおいてトップが先導しながら優秀層を集める必要があります。
金融機関の置かれる環境は厳しいものではありますが、グローバルの事例からもわかるように、企業価値を高めることは不可能ではありません。