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2024年元旦に発生した「能登半島地震」と同年9月の「奥能登豪雨」は、二重の被災として悲劇的出来事であり、被災者の苦しみは計り知れない。
地球温暖化は毎年加速し、2024年の夏は統計史上最も暑い夏となった。過去100年で日本の平均気温は約1.2℃上昇し、温暖化の影響で降水パターンも変化しており、豪雨の頻度が増加した結果、洪水や土砂災害が頻発している。
さらに、長引くウクライナ・ガザ侵攻、自民党の衆議院過半数割れ、トランプ政権発足によるマーケット影響、及び中国・ロシア関連の有事など、過去に無いほど考慮すべき様々な環境変化が増加している。本稿では、これらの変化に対し保険会社が対応すべき事について触れる。
増加していく経営上の変数
保険会社を取り巻く環境は大きな変化が毎年増え続けており、保険会社の進化が必要になってきている。
冒頭で述べた温暖化により、日本は亜熱帯化が進み、過去経験したことのない気象が日常化している。毎年更新される猛暑日の期間や、予期できない豪雨など、気温上昇による海水温の上昇により、激甚化する自然災害に我々は向かい合わなければならない。
マーケットの側面でも、金利ある世界がはじまり、金利が高まる中で商品や運用面で数十年無かった取り組みが再開している。生命保険会社は個人向けの保険や年金保険について、一定の条件のもとで利回りを引き上げており、加入者の保険料負担を減らそうという動きが広がっている。損害保険会社は インフレによって保険金などのコストが増大する一方、保険料カルテル問題の行政処分から、構造的な要因となっていた政策保有株の売却を進めており、大手で8.9兆円ある保有株の売却が2030−31年に完了し、今後数年間は数千億単位で純利益を押し上げることになる。ただし、政策保有株はこれまで自然災害などによる巨額損失が発生した場合の穴埋めとして利用されたこともあり、異常危険準備金の残高がここ数年の激甚化した自然災害で大きく減少している中、各社は利益をどう下支えすれば良いのかの検討が必要となる。
保険会社がこれまで支えてきた基幹産業でも大きな変化が進行中である。自動車産業ではTESLA,BYDなどの電気自動車の台頭に対して、日本企業は全個体電池の量産化に向けた動きを備えている。また、この産業では自動運転実現化が間近となっておりGoogleのWaymoは米国のサンフランシスコなど4都市で実用化を進めており、これまでなかったリスクに対する保険会社の支援が求められている。
通信産業では5Gから6Gへと進化を遂げる中、低軌道衛星を利用したサービサーが参入することで新たなマーケットが生まれている。その他、電力や銀行など様々な基幹産業で、技術革新の恩恵で大きなゲームチェンジが起こっており、保険会社が支援すべき産業も大きく様変わりしていく。
そして、テクノロジーの進展の側面からは、近年の日本におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の動向は、キャッシュレス化の進展、フィンテック企業の台頭、そして、データ活用とAIの導入など、DX化が進むことで新たなビジネスチャンスが生まれている。しかし同時に、技術の進展に企業の態勢(Agileの浸透)や人材育成・整備など、組織風土の変革も同時進行で進めていく必要がある。
顧客の変化も激しい、SNSによりマーケティングのあり様も変わり、地上波に依存したものから、ネットやインフルエンサーを活用した戦略が不可避となっている。
変化は同時多発的に様々な領域・側面で発生しており、保険会社の経営は増加する多面的な変数を考慮していく難易度の高いものとなっている。
Tech Companyへ
デジタル化の進展、顧客のニーズの多様化、競争環境の激化に伴い、保険会社がテクノロジー会社になることは必須対応事項となっている。顧客満足度の向上と業務効率の改善、そして自社競争力の強化、という多くのメリットをもたらすテクノロジー力において、日本の保険会社はどのような対応をすべきか。
AXAがテクノロジー会社になるというビジョンを明確に打ち出し始めたのは2016年である。AXAのCEOであるThomas Buberlが「Ambition 2020」という新しい戦略的ロードマップを発表し、保険業界におけるテクノロジーの重要性を強調する戦略「Payer to Partner」という変革ビジョンを掲げた。
金融そして保険会社は商品やサービスについてシステムを活用し提供しており、現状IT・テクノロジーなしで保険業は成り立たない。グローバルトップのAXAがテクノロジー会社になることを標榜し長い期間が経過しており、保険会社に求められる新たなケイパビリティー構築は十分なものになっている可能性が高い。
物事の順序、選択と集中。DXと言う潮流に真摯に向かい合った企業は、限られた投資の中で、全ては無理でも、一部(経営視点、営業視点など)に集中して、必要なデータを整備している。そのような企業が次の潮流となっているAIを活用し、差別化を進めている。AI活用は(当然ではあるが)、企業活動がデータ化されていることが前提となっており、DXを推進した現場リーダー達がAI推進においても整備されたデータを熟知している経験を踏まえて、重要な役割を果たしている。
また、生成AIを筆頭とするAI活用をコスト競争力強化として採用する企業も多いが、代理店や営業職員などの営業フロントや、数理業務など商品開発部門や財務面でBS/PL戦略を担う経理部門などバックオフィスでは「強化」される領域があることも理解しておきたい。(図表-1)
再保険の重要性の増加
「強化」される、していくべき領域としては再保険の更なる高度化にも注力すべきである。
自然災害の激甚化や近年の再保険コストの上昇、更には保険料調整問題に端を発する企業保険の在り方・引き受け方針の変化など再保険業務は難度を増しており、保有・出再戦略は従来以上に経営の根幹をなすものとなっている。「どのようなリスクを将来取っていくのか」と同時に「どのようにリスクキャパシティを調達するか」が重要であり、将来のリスク予測とともに再保険を含めたリスクキャパシティ調達の在り方を最適化していくことが成長戦略上キーとなる。
その一つの手段として、幾つかの保険会社では量子コンピュータを活用し再保険最適化を目指す取組みが見られる。量子コンピュータはここ数年で利用可能な状態となっており、量子コンピュータを活用した再保険最適化の評価・検討の取組みを行うことを試みる価値はある。
グローバルそして日本でもAI Companyになることを標榜する保険会社も現れている。AIのケイパビリティーを備えた会社になるためには、AI人材育成に多くの投資を行う必要があるが、この機会を取るか失うかは、中期的には企業価値に対して大きな影響を及ぼす。将来も永続できる保険会社であるために、中長期的な戦略を立てる必要がある。
LTV(顧客生涯価値)経営
次に「強化」される領域が営業フロントである。そこには、デジタルを駆使出来る社員の存在が重要となる。CloudやAIの進展により、テクノロジーはITリテラシーの高い人材だけのものではなく、保険会社の全ての社員に対して、扱える武器になっていることを踏まえた戦略が必要となる。
しかし、保険会社のみでなく、日本企業の経営戦術は単一商品・施策毎の収益化で判断されており、ROIやIRRなど、単一活動による評価で経営判断がなされている投資が散見される。その隙間を狙い、チャレンジャーとなる新興企業や新規参入企業は収益を度外視(但し、経営判断として中期的な刈り取りの計画の元)した取り組みで既存プレイヤーを脅かす。これに対して、どう取り組み、社内への戦略理解を醸成させるのか。弊社は言い古された考えであるが、LTVに基づく経営判断が必要であると考えている。
国内保障市場の収益機会を見極めるためには、顧客の生涯に渡る支出を考慮することが重要である。
特に、若年・単身層との長期的な関係構築がLTV最大化の鍵となるため、未婚の若年中・低年収層をターゲットに早期囲い込みを行い、子育て・高年収層へ育つ顧客との関係を維持することが重要で、保障性・貯蓄性、場合によっては少短や保険外サービス等をバランスよく提案し、契約ゼロを未然に防止することが求められる。
若年層を獲得したあとは、以下のポイントで世帯の経過に対した取り組みを行い、LTVの高いお客さまや施策を優先していく必要がある。
• 子育て高年収層は保険で資産形成ニーズを満たす層が増加しており、変額等を活用した先手の提案が有効である。
• 子の独立後、年間保険支出は最大になり、各種保険に入るトリガーとなるライフイベントを逃さないことが重要となる。
• 高年収(資産)世帯は余剰資金が潤沢であり、生前贈与ニーズの訴求が有効となる。
弊社は提携している家計簿アプリのデータと各保険会社が保有するデータを活用し、各社の戦略立案支援を数多く開始している。(図表-2)
終わりに
厚生労働省が昨年11月に発表した人口動態統計では、2024年1年間の出生数が70万人を割り込む可能性があり、1970年代半ばに始まった少子化は毎年最低の数字を更新し続けている。静かな有事と言われる少子高齢化により、生産年齢人口が2040年には1200万人減少することが予測されており、日本及び企業の存続には、AI活用をはじめとする抜本的なコスト改革は不可避の取り組みとなる。
本稿で述べた経営課題に対する舵取り、加速・拡大する多くの経営観点での変数に対峙し、対策を講じることは、より厳しさを増す経営環境において必要不可欠である。弊社は引き続き、保険会社と共に、国内ビジネスの拡大と進化に向けてコンサルティングと言う枠組みを超えて、事業パートナーとして最大限の支援を継続していく所存である。
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