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1.超低金利時代が邦銀ALM業務にもたらした構造と課題
改めて説明するまでもないが、本邦では、1990年代初頭のバブル崩壊後、デフレ圧力や景気低迷への対応として、日銀による金融緩和策が次々に導入された。特に、2013年以降は異次元的緩和政策が継続し、2016年末のマイナス金利政策の導入、10年物国債金利をゼロ付近で誘導するイールドカーブ・コントロール(YCC)等の非伝統的政策により、本邦金融市場は、実質的に金利水準が極めて低い状態が10年以上にわたり継続してきた経緯にある。
こうした超低金利政策は、銀行経営にもあらゆる側面から重要な影響をもたらしてきたが、今年になって、多くの金融機関から「金利のある世界」におけるALMの在り方に関する問い合わせが増加している。
当時は、日銀による潤沢な流動性供給によって短期金利がゼロに近く抑えられ、超低金利で調達した預金から運用できており、必然的に、市場における短期運用の効率化・高度化に注力する必要がなかったとも言える(図表1)。
またLCR/NSFR等の規制達成においても、預金競争が限定的で調達コストがかからず、達成コストは小さかった。このため、多くの金融機関は規制充足を主眼とするパッシブなALMに留まり、金利・流動性・担保などバランスシート上のリスクを精緻に管理して収益化する「攻めのALM」に取り組む動機は弱かったと言える。
しかし、2022年以降、海外の引き締めや国内インフレ圧力の高まりを受け、日本でも異次元緩和からの転換が始まった。YCC運用の柔軟化、2024年3月のマイナス金利解除を経て、金利環境は転換期にある。金利上昇局面では従来の前提が崩れ、長期間に渡り低金利が常態化していたALM業務も、これに合わせて変革を余儀なくされている。「金利上昇局面で何かできること/やるべきことがあるのではないか」という問題意識は共有されつつも、具体的に何をしたらいいのかがわからない、そんな声が後を絶たない。
2.海外先進行に学ぶALM高度化の取り組みと調達コスト最適化の打ち手
銀行ALMは、バランスシートにおける資産と負債の両方において、コントロールできる預貸プライシング・市場取引等の金融行動を通して、リスク制約を満たしながら収益を最大化する経営活動である。その高度化の打ち手は(i)運用側でできること、(ii)調達側でできること、(iii)運用と調達の最適化、の3点に整理できる(図表2)。特に、(iii)の最適化の観点では、バランスシート規模やLCR/NSFR、RWA等の制約下で最適化すること自体が各行の戦略と言える。その鍵を握るのがFTP(Fund Transfer Pricing)であるが、地銀のなかではこのFTP運営が十分でない銀行もある。他方、大手行は(iii)に重心を置き、複数制約下での最適化に注力している。
以降では、下記の理由から(ii)調達最適化に焦点を当て、海外先進行の取り組みを紹介する。
・超低金利下では(特に円貨で)調達コストがほぼゼロで安定し、重要論点化しにくかったため改善余地が大きい。
・金利上昇局面では調達コスト上昇と預金競争が同時進行し、市場調達の比重増など調達手法の多様化が再評価されている。
事例1)Sources/Usesの考え方をベースにした市場調達の高度化
上述通り、金利上昇局面においては、金融機関としては、市場調達の割合を増加させる必要がある。市場における短期調達においては、これまで大きなニーズがなかったため、ことさら投資されてこなかった領域と推察するが、今後は、市場調達の巧拙が、収益性および今後起きうる金利ボラティリティ対応において、明暗を分けると思われる。
海外先進行では、テクノロジーと体制の改革の両面から、Sources/Usesの見える化による調達方法の高度化が進んでいる。
第一に、運用対象アセット(Sources)の最大化である。従来は市場フロントが債券・株の積み上がりアセットをレポ等で運用、収益化してきたが、最適化にはレポデスクから社内の余剰アセットを横断的に可視化・アクセスできることが重要になる。拠点・部門を跨ぐアセットの有効活用や、別通貨の優良アセットを活用したアップグレード取引等でより効率的な運用が可能になる。フロント取引からの積み上がりアセットに加え、顧客から差し入れられた担保の活用(Rehypo)も許容される範囲でこれに含まれる。このような運用対象アセット(Sources)の最大化のためには、対象資産運用体制の集約、リアルタイムのアセットポジショントラッキング、担保資産の把握やそれに紐づく契約情報の電子化、通貨横断で最適解を提示するエンジン等が必要となる。
第二に、運用先(Uses)の最適化である。例えば、既存デリバ取引の担保を、より割安な適合銘柄へ差し替えることで、運用収益増または調達コスト低下が見込むことができる。これには、担保差入れ資産のリアルタイム把握、担保変更可否等のCSA電子化、コラテラルカーブ等を加味した最適化エンジンが不可欠である。これらの実装により、社内保有アセット(Sources)を広く捉え、レポアウトと担保最適化の配分を含めたUsesを包括的に比較し、収益機会の捕捉と調達コストの効率化を同時に実現できる。
事例2)預金の分析による調達コストの低減
預金は、貸出や有価証券等のようにリスクを伴う商品・サービスでなく、調達手段として最もオーソドックスであったことから、最適化の観点において、従来、あまり注目されてこなかったのではないかと想像するが、様々な預金を顧客種別、口座の目的、口座に紐付くサービスなどの観点から細かく分類・分析し、粘着性と安定性を精緻に評価することで、規制指標達成に要する資金調達額を削減し、コスト低減に繋げられることが、我々の経験から実証されている。
具体的には、安定預金・準安定預金やオペレーショナル預金の見直しが効果的だ。預金の粘着性再評価、算定モデル改革、システム・業務プロセスの見直し、当局との対話まで、対応は広範だが、LCR/NSFR上のベネフィットにより必要調達額を圧縮でき、コスト削減効果は大きいことが見えてきている。
本邦では、金利がない世界が長く続いたため、ストレス時の粘着性をどう評価するか等、残存論点は多いものの、金利が立つ環境では十分検討に値するテーマである。
3.さいごに
本邦金融機関におけるALM業務は、超低金利という異例の状況が長く続いた影響で、やもすればパッシブな管理機能になった感があったが、金利上昇局面においてはその限界や新たな課題が顕在化している。海外の事例では、大手行のみならず多くの金融機関が、ALMを単なる管理機能として捉えず、規制要件を満たしつつ、「バランスシートを使っていかに稼ぐか」という観点から、組織変革も含めた改革に取り込んでいる。その鍵を握るのは、徹底的なデータ分析による最適解の導出と検証、当局に対する定量的な疎明力であることは言うまでもない。
アクセンチュアは、グローバルファームとしての先進事例と導入実績を基に、高度化のカギを握るデータ、情報系基盤、分析エンジン等のAIを駆使した構築や、体制・オペレーティングモデルの構想を通じ、金利変動が常態化する世界で、本邦金融機関の競争力向上に貢献したいと考えている。
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