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テクノロジーの急激な発展やグローバル化、消費者ニーズの変化等により、企業を取り巻く環境変化のスピードは加速の一途をたどる。
目まぐるしく環境が変化するこの時代において、金融機関が環境変化に素早く適応し、生き残っていくために、組織全体のアジリティをいかに高めるかが極めて重要である。
本稿では、”リーン”や”アジャイル”という、ソフトウェア開発の世界で生まれた考え方を昇華させ、エンタープライズレベルでアジリティを獲得するためのナレッジフレームワークであるSAFe(Scaled Agile Framework)を紹介するとともに、金融機関がその真価を得るために意識すべきことや取り組むべきことを提言したい。
企業を取り巻く環境変化の加速
パーソナルコンピューターは一般消費者向けに1977年に発売され、30年かけて日本での世帯普及率は7割に達した。インターネットは10年間、スマートフォンは8年程度で同水準まで普及し、足下、生成AIについては、2022年11月末にChatGPTがリリースされて以降、3年を待たずに全世界の月間アクティブユーザーが7億人に到達した。
技術革新の頻度と普及までの期間は早まる一方であり、さらに、グローバル化や消費者のニーズ変化なども相まって、あらゆる企業を取り巻く環境の変化が加速し続けているのは周知の事実である。そしてまた、こういった環境変化への適応に失敗した企業が凋落の運命を辿ってきた。
環境変化への速やかな適応は、もはや企業生存を掛けた必須要件だと言っても過言ではない。だが、どうしたら企業は変革のための機敏性―アジリティを獲得することができるのだろうか。”アジャイル”という思想の登場以降、これまでの歴史を踏まえ、考えていきたい。
“アジャイル”の誕生と進化
1990年代中旬以降、インターネットの爆発的な普及をはじめ、世の中の変革スピードの加速を背景に、「Scrum」や「XP(eXtreme Programming)」といったソフトウェア開発手法が生まれた。2001年には「アジャイルソフトウェア開発宣言」がなされ、以降、”アジャイル”という言葉は世の中に広く知られるようになった。
「Scrum」や「XP」といった手法は、チームの人数が一桁の小規模なチームを主眼に置いたものであったが、やがて、これらのアジャイル開発手法を組織内でスケールさせていくにあたって起きたのが、チーム間の同期や依存関係の管理、経営含む非開発部門と開発現場とのすれ違い、ユーザーやステークホルダーとの距離の拡大といった問題である。
これらの課題を解消するために、エンタープライズレベルで足並みを揃え、組織全体のアジリティを高めるために登場したのが、大規模アジャイルフレームワークである。
大規模アジャイルフレームワーク“SAFe”とは
大規模アジャイルフレームワークとして代表的なものには、LeSS(Large-Scale Scrum)、Scrum@Scale、SAFe (Scaled Agile Framework)などがある。ここでは、米Digital.ai社による年次調査において現在世界で最も採用されているとの結果を持つ、SAFe(Scaled Agile Framework)を紹介したい。
SAFe概要
SAFeは、Dean Leffingwell氏が自身の大規模分散開発プロジェクトでのアジャイル支援での経験を基にフレームワークとして構築し、2012年に1.0版がリリースされた。これは、リーンやアジャイルの考え方をベースにしたナレッジベースのフレームワークであり、「リーンポートフォリオマネジメント」や「ART(Agile Release Train)」、「PIプランニング」といった様々な方法論を組み合わせ、大規模な組織全体のアジリティを高めるための包括的な枠組みが定められている点が大きな特徴である。(図1)
SAFe導入による効果
SAFeはグローバルで20,000社への導入実績を持つ。ここでは、特に金融機関にフォーカスし、導入による実績の一部を紹介したい。
① 組織運営の改善(海外金融機関事例)
- 組織の健全性指標を12%改善
SAFeでは組織全体の戦略と現場が密接に連携できる体制を構築することを目指す。経営層から現場まで、目標やKPIに対する共通理解が醸成され、部門横断の協力や効率化を図ることが可能である。その結果、組織力や従業員エンゲージメントの指標の向上に寄与した。[1]
https://scaledagile.com/cs-standard-bank-jp/
②ビジネスアジリティの向上(海外金融機関事例)
- 46に及ぶデジタルプラットフォームを統合
- 月間で1億2000万回以上のログインされる欧州で最も評価の高いアプリのひとつに
本事例の金融機関では、デジタルサービスの展開が進むにつれてシステムが細分化し、市場や顧客ニーズの変化への対応が遅れるように。変化へ迅速に対応すべく、IT部門とビジネス部門が一体となった組織のもとで活動を開始。100以上のアジャイルチーム並びにARTが、マーケティングからビジネス、ITチームまで部門横断的に連携することで、46あったデジタルプラットフォームを、ひとつの最先端のプラットフォームに統合することに成功し、提供するアプリは欧州で最も評価の高いものの一つになった。[2]
https://scaledagile.com/case_study/standard-bank/
SAFeの導入の難所と対応
大規模アジャイルフレームワークは、スケーリングが可能な方法論として整理がされている一方、その導入は大規模が故に一定のハードルがあるのも事実である。とりあえず形式的なものをなぞるだけの、”ゾンビアジャイル”状態を避け、本来の効果を得るためには、まずはフレームワークで定められている個々の方法論の意図を正しく理解し、それを実践していくことが近道だと考える。SAFe導入の難所を図2に例示する。
以下では、SAFe導入にあたって、特に“組織・人材”、“プロセス”の観点で、よくある難所とその対応方法を紹介したい。
ネットワーク型組織の組成
~”ネットワーク型組織”を都合よく解釈しない
SAFeでは、従来の階層型組織に加え、必要な要員を集めたネットワーク型組織を組成し、ハイブリッド型の運営を行うことを推奨している。この組織運営自体は理にかなったものだが、これを要員レベルにまで適用し、既存階層型組織での仕事を持たせつつ、ネットワーク型組織の要員として兼務で参画をさせると、当然ながらアジャイルチームとしては成立しない。原理原則としては、ネットワーク型組織としてアジャイルチームを組成する際には専任の要員を立てることが求められる。
必要な要員の長期的なアサイン
アジャイルチームとして判断したことが、上長や他の関連部門などのステークホルダーに否定され、覆されるようでは元も子もない。アジャイル組織の運営において、意思決定やステークホルダーとの調整の適切な方法を見極めたうえで、適切な権限を持ち、調整が出来るメンバーをアサインすることが重要である。
また、多くの金融機関では、スキル習得や不正防止といった観点で2-3年の短期間でのジョブローテーションを行うケースが多い。アジャイルチームでは継続的な改善と習熟を行うことが求められるが、習熟度が上がったタイミングでの離任はチームにとってマイナスになることも多い。アジャイルチームへの長期アサインを可能とするような、人事ルールを含めた運営設計が求められる。
既存開発の一部のみへの部分的なアジャイル運営適用
アジャイル運営をスモールに始めることを優先した結果、ウォーターフォール開発の一部チームをアジャイルチームとして運営を始めるケースがある。アジャイルチームを疎な形で運用できるのであれば良いが、資源の競合や機能の依存など、ウォーターフォールとアジャイルが相互に影響しあう場合においては、思ったようなアジリティを獲得できないことに繋がりかねない。小規模に始め、成功体験を積み重ねながらチームを拡大するのは考え方としては適切であるが、それが効率的に進めうる手段であるかは十分に検証すべきである。
変革に向けた必要十分な準備
SAFeでは、数多の企業への導入における成功パターンとして、実装ロードマップというものを定義し、それぞれのステップにおいてどういった取り組みを行うべきかが定義されている。アジャイルという性質上、とりあえず初めてみて改善を図っていく側面があるのはその通りだが、先述の通り、SAFeでは多くの人数が同時に動くからこそ、実装ロードマップに従い必要な準備を終えた状態で走り始めることが効果的な運営には必要だと考える。適用する組織によっても差があるため、弊社では、支援対象の組織の文化や特色を踏まえ、SAFeの本質はブラさないことを前提に、適切にアジャストしながらアプローチを構築していきながら支援している。
さいごに
SAFeの導入はビジネス効果を高めるのに有効である一方、多くの難所が存在するため、経験豊富なアジャイルコーチがリーダーシップを含めたOJT指導を通じて、プロセスの標準化や問題解決をサポートすることが、性急な変革、着実な定着を促す。弊社では、アジャイル関連の認定資格や知見を持つ多くのコンサルタントを有しており、グローバルで大手各社の変革を支援している。採用する手法に関わらず、組織変革を目指す金融機関のパートナーとして、変革の一助となれれば幸いである。
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