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デジタルが試行や検証の位置づけから、すべてのビジネス領域における活用・浸透へと拡大し、成長領域への事業転換・注力も進む中、デジタルIT人材など新たな人材ニーズやタレントマジメント強化の必要性が高まっている。
またCOVID-19の影響によるリモート環境下での業務遂行は定着化し、成果を意識した働き方や従業員の価値観の多様化が進展した結果、個別化された従業員体験が重視されるようになっている。
本稿では、いま金融機関が目指すべき人材活用の在り方、それを支える人事の新たな役割・機能についてご紹介したい。
人材確保の難しさ
COVID-19の影響により、リモートワーク中心の働き方が続き、デジタル化による競争・市場環境の変化も加速している。
従業員は、今の会社や業界の将来に不安を抱くとともに、働きやすさや自己実現を求めて、転職・副業への関心も高まっている。ある調査では、今の会社で働き続けたいと考えている従業員は、35.8%に留まっており※1、企業は自社の従業員に対するエンゲージメント維持・向上が求められている。
また、既存ビジネスの国内市場は縮小均衡にあると同時に、AIによる労働力の代替により、事務職や生産職の需要は減少する一方で、DXトレンドを受け、技術革新を進める専門職の獲得は更に激しくなっている。このような役割を担う高度専門人材は、2030年に170万人不足すると予想されており※2、今後、さらに最先端のテクノロジーの目利き・活用等ができる専門人材の採用、および社員の育成・活躍のためのタレントマネジメントが重要となっている。
多様化する社員ニーズを捉えた従業員体験(EX=Employee eXperience)の提供が求められているのである。
あるべき人事部門
では、人事部門はどのような役割・機能を担えばよいか。
従来の人事部門は、人事に関わる調整や手続きが多く、多様な業務の多くが手作業となっており、経営が意思決定するためのデータドリブンのレポート作成・示唆提供など、戦略領域に割く時間は限定的であった。また、公平性の担保のため硬直的・一律の運用となり、個別の事業・従業員ニーズに対する対応や先回りが弱い傾向にあった。
人材の採用やタレントマネジメントの強化には、年功序列や終身雇用での一律管理から、従業員が自身でキャリアを考え、多様化する個別のニーズに対応した人事機能への改革が必要である。
そのためには、IT/業務の最適化・集約化により既存業務の負荷を軽減することで余力を創出し、不足していた戦略・タレントマネジメント領域に人事部のヒト・カネをシフトしていく必要がある。
改革アプローチ
a.現状可視化と優先順位付け
人事が本来持つべき機能(図表1)を参考に、自社の現状や強化領域の優先順位付けから進める。
b.人材・人事戦略の策定
混同されやすい両戦略であるが、経営・事業が求める「人材戦略」を定め、そのための「人事戦略」を定める順で進める。
<人材戦略>
経営目線でのハイレベルな人材・組織の方向性検討を踏まえ、必要な人材の質(職種・スキル・経験等)と量(人数)、求められる従業員体験、確保・育成の施策を策定する。
<人事戦略>
人材戦略に基づき、人材の適時・適材・適所の実現やデータに基づく経営の意思決定を支える仕組みの構築、デジタル活用等による余力創出など、人事部門改革の施策を策定する。
c.ジョブ型に向けた人事制度改革
技術革新を事業に取り込むため、専門職雇用に向けて、ジョブディスクリプションをベースにした人事制度を整備する必要がある。
日本におけるジョブ型雇用とは、欧米のような自身の役割・責任範囲を明確にし、単線型で一つの仕事をやり続けるものとは異なり、組織の中で自分の役割や貢献できることを見つけて、他の専門職と補完し合い、切磋琢磨することで、チームで結果を出すためのものであると考える。
従業員は自分のキャリアの「軸」を意識しながら、異なる専門職と協業することが求められる一方、人事部門は、従業員の成長を支える制度を提供する必要がある。
d.デジタルHRプラットフォームの整備
タレントマネジメントシステムを中心に、SaaSやデータ基盤が連携しあう人材プラットフォームの構築を行う。人事部門のみが使うシステムではなく、全社の情報基盤として活用できるよう整備する必要がある。
従業員にとっては、自立したキャリア計画と自身の成長度や積むべき経験値の状況を可視化し、管理する。具体的には、パーソナライズされたスキル・キャリアの登録、オープンジョブ検索とマッチング申請機能 などの利用が想定される。
管理職は、部門や部下のマネジメントのサポートとして利用する。部下のエンゲージメントニーズを把握しながら現場マネジメントの実施や、1on1を行う際、人材・スキルの検索、部下の能力を発揮させるための目標設定機能などの利用が想定される。また、兼務や副業など複数の役割を短期で担う異動・配置に向け、人事部門を介さず、
事業や職務に必要な人材をタイムリーに探すなどの利用が想定される。
人事部門は、従業員一人ひとりに合った人材課題を解決できる人事サービスの提供のため、データドリブンでの意思決定を支えるレポートや経営への報告のためのダッシュボードなどの利用が想定される。
このように、「何を実現するか」を明確にし、既存業務の延長とならないよう、効果的に整備していく必要がある。
e.デジタルワークプレイスとの連携
リモートワークが進展する中、従業員のエンゲージメントの維持・向上のため、魅力的な働き方を実現する環境の整備が必要となる。オフィスツールやプラットフォームを統一することで、業務量や働き方の可視化や、シームレスな作業の実現により、生産性の向上と異なる専門職との協業を加速することが可能となる。
人事部門は、生産性向上や付加価値創出の観点から、これらの環境整備を後押しするとともに、前述したデジタルHRプラットフォームと連携させ、エンゲージメントや生産性の向上、ダイバーシティなどの推進、可視化を進めることが求められる。
f.エクスペリエンス・マネジメント・オフィス
この改革を実現していく上で、新たに「エクスペリエンスマネジメントオフィス」という役割が必要である(図表2)。
従業員のキャリアや働き方など現在起きている課題の解決など、組織変革と従業員体験の向上を実現する役割である。
活動の起点はデータである。従業員の属性情報、サーベイ結果、出退勤・残業時間やオフィスツールからの情報など、静的・動的データを活用し、従業員体験の課題を特定し、施策実行に繋げる。
変化を常に把握し、改善施策の優先順位付けと実行を推進していくと同時に、それらを支えるシステムの継続的な維持・改善を図る。エクスペリエンス・マネジメント・オフィスは、改革を実現するための中心的な役割を担う。
おわりに
企業活動の源泉は、「人材」である。ダイナミックな事業シフトを実現するには、同時に人事部門の役割も大きな転換が求められる。従業員を中心に考え、従業員体験を向上させる人材活用こそが、これからの在り方なのではないだろうか。
※1 出典:ガートナージャパン「日本のCIOが押さえておくべき人材の新常識」
※2 出典:三菱総合研究所「内外経済の中長期展望 2018-2030年度」
※FSアーキテクトは、金融業界のトレンド、最新のIT情報、コンサルティングおよび貴重なユーザー事例を紹介するアクセンチュア日本発のビジネス季刊誌です。過去のFSアーキテクトはこちらをご覧ください。