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Sustainable Development Goals (以下、SDGs)、ESG (環境・社会・ガバナンス)等、サステナビリティが企業経営の重要テーマとして市民権を得てから既に久しく、各社の企業ビジョンや中期経営計画等にもサステナビリティ関連の方針・取組みが並ぶようになった。

損害保険業界においても、国内外プレイヤーがサステナビリティに関する様々な取組みの検討・ローンチを行っている。

本稿では、サステナビリティ・なかでも損害保険業界にとってとりわけ重要である気候変動について、業界各社がどのように向き合い、いかに収益機会に繋げようとしているかを整理したい。

取組み意義

2030年までに持続可能でより良い開発を目指す国際目標として採択されたSDGsにおいては、貧困・教育・ジェンダー・働きがい・まちづくり等、17分野の多様な目標が掲げられているが、損害保険会社とサステナビリティを語る上では、この17の目標のうち「気候変動」に着目したい。

グローバル社会が今後直面するリスクが、世界経済フォーラムにおいて発表されているが、その中で「気候変動への緩和・適応の失敗、生物多様性の喪失、異常気象、自然災害」は最上位にランクしている (図表1)。


ここからもわかるように、気候変動・自然災害は、今後の世界において注視すべき重要リスク・対応すべき社会課題として認知されており、リスクを扱う損害保険会社にとって無視できないテーマとなっている。

また、保険業は気候変動のリスク/被害の影響を直接受ける業種である。国内の火災保険ビジネスを概観すると、相次ぐ自然災害により支払保険金が膨らみ、11年連続の赤字となっている (大手の赤字合計額は、年間2,000億円規模にも上る)。

さらに、今後も地球温暖化影響を受け保険金支払額の大幅な増加が見込まれており、まさに損害保険会社にとって死活問題となっている (世界の自然災害被害額は1984-2018年で4.4倍に増加しており、今後も増加が予想される) 。

このような厳しい事業環境下にもかかわらず、社会的責任として自然災害を含めた保険引受機能の維持が損害保険会社には求められており、気候変動を踏まえた事業モデルの組換えは急務となっている。

一方、気候変動はビジネスチャンスでもある。世界中で気候変動の対応において大幅な投資が見込まれており (電気自動車への買換え・グリーン電力への移行に伴う設備投資等)、損害保険会社はこうした成長マーケットにしっかりと噛みこみ、保険ビジネス成長に繋げていくことが重要となる。

こうした事業環境を踏まえると、サステナビリティ・特に気候変動は、損害保険会社が真剣に向き合っていかねばならないテーマであると再認識できる。

取組みアプローチ

それでは、気候変動に対して損害保険会社は何をすべきなのか。「緩和」と「適応」という2つのアプローチから考える(図表2)。

– 緩和アプローチ

緩和は、主に二酸化炭素排出を抑制することで気候変動の影響を和らげる対応であり、その取組み内容に応じて大きく3つに区分することができる。

第一段階として、自社ビジネスの脱炭素化がある。保険引受/事業投資・運用等において炭素ビジネス(例:火力発電所・等)から脱却を図ることや、自社・代理店を含めたオペレーションの脱炭素化(移動レス・ペーパーレス・グリーン電力化等)が取組みとして挙げられる。この段階の取組みについては、日本の損害保険会社は積極的に取り組んでいる。

次に、第二段階として、社会の脱炭素化を加速するための保険引受が挙げられる。例えば、TeslaはTesla車専用のInsureMyTesla保険を販売している (国内の保険引受は、SBI損害保険会社が担当)。 この保険は、ドライバーの運転行動を数値化した「安全運転スコア」のみを元に保険料を設定している (毎月変動)。また、通常の自動車事故等に加え、充電機器故障の補償や、バッテリー切れ時のレッカーサービス手配等もカバーする。
こうした成長機会 (EVに限らず、風力発電設備等、幅広く存在) を保険として捉えることが重要となる。

緩和取組みの第三段階として、気候変動を契機とした新ビジネス展開が挙げられる。カーボンクレジット市場取引参入や再エネ事業等、海外の先行プレイヤーは取組みの検討・サービスを開始している。例えばAllianzは、Allianz Renewable Energy Partnerというグループ企業において、再生可能エネルギー事業を検討・着手している。

– 適応アプローチ

適応は、自然災害に対する補償・防災・減災等を通じて気候変動の影響から社会を守っていくための活動であり、予測・予防や、経済的備え、リカバリ等の取組みがある。

適応においては、海外の先行プレイヤーは、気候変動専門組織を立ち上げ、様々なサービスを打ち出している。

例えばAXAは、AXA CLIMATEという気候変動専門組織を2017年に立ち上げ、現在100名程度の陣容となっている (メンバーの1/3がアンダーライター、1/3が気候・農業専門家、1/3がデータサイエンティストの構成を目指している)。AXA CLIMATEでは、災害予測・分析による工場等へのコンティンジェンシープラン提供、衛星・航空機・ドローン等のデータ活用による災害後の詳細調査/ダメージ評価等のサービスを既にローンチしている。

またZurichは、外部の有識者・研究機関を巻き込み必要なケイパビリティを取り込むことで、社会課題解決に資する商品・サービスを開発・ローンチしている。例として、ロンドン大学および国際応用システム分析研究所等との提携による世界各国の洪水リスク予測やリカバリを支援するZurich Flood Resilience Allianceの立上げや、プラットフォーム開発スタートアップBlue Marble社との提携による途上国でのマイクロインシュランス提供等を実現している。

取組みの加速に向けて

海外先行プレイヤーの動きを考察すると、気候変動に対応する商品・サービスを提供し、社会課題解決・自社成長を実現していくためには、4つのポイントを押さえることが重要と考えられる。

 1. 強いリーダーシップ.・コミット

自社のビジョンや中期経営計画に単に気候変動というテーマを織り込むだけではなく、経営トップ層が中心となって定量的なKPI・目標を設定し、コミットメントを示すことが重要となる。実際に先行する海外プレイヤーは、保険引受における脱炭素ビジネス割合、グリーン投資額、自社オペレーションの二酸化炭素削減割合等、具体的な数値目標と達成時期を設定・コミットした上で、取組みを進めている。

 2. Enablerとしてのデジタル活用.

緩和・適応の両アプローチにおいて価値提供を行うためには、絶えず変動する気候変動の影響 (二酸化炭素排出量や自然災害がもたらすリスク等) を可視化し、さらに他データ (損害保険会社が持つ事故データや災害ハザードマップ等)と組合せて分析を加えることが土台となる。デジタルの力なくして、気候変動に対応していくことは困難であり、その徹底活用が求められる。

 3. 専門組織による推進.

前述のAXA CLIMATEやZurichのように、専門スキルを持つ人財 (気候専門家やデータサイエンティスト等)が集う気候変動組織を設立し、経営が掲げる定量目標と組織のミッションをリンクさせることが、実ビジネスへの商品・サービス実装の推進・迅速化に繋がっていく。

 4. M&Aでのケイパビリティ獲得.

損害保険会社単体で、従来の保険を超えた新たな価値提供を行うのは容易ではない。そのため、手掛けたい新サービス・商品において求められるケイパビリティを識別し、自社だけでは賄えない部分をM&Aや事業提携によって補完する動きが必要となる。自社グループ内にデジタル/イノベーション投資専門組織・チームを擁するプレイヤーもおり、適切なM&A・事業投資態勢が、新サービスの成否を決める重大要素であると言える。

最後に

地球温暖化の進行とともに、損害保険会社の気候変動への取組みは、今後ますます加速する/せざるを得ない状況となっている。
本稿が今後の損害保険会社の取組みの在り方を考える端緒となれば幸いである。

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