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テクノロジーの急激な進化と顧客の価値観の多様化に伴い、国内生命保険業界は旧来からの保険商品や対面前提の顧客との関係性を武器として競争に勝ち続けることは困難になりつつある。デジタル時代の到来とともに顧客の期待値やニーズは大きく変化してきており、生命保険業界においても顧客体験が重要視される時代へと移行した。この変化の中で、「デザインシステム」というアプローチが生命保険業界においてもその価値を証明し始めている。国内大手生命保険会社である明治安田生命保険相互会社の具体的な取り組みを通じ、変化の背景とデザインシステム導入に向けたカルチャー変革の必要性について考察したい。
デザインシステム導入の必要性
伝統的な生命保険業界は長きに渡り、「保障」という商品そのものの強みと顧客との対面接点による関係性の2つを、顧客への安心や信頼という価値を提供する最大の手段として用いてきた。しかしながら、デジタル時代の到来とともに、顧客の期待値やニーズは大きく変わり、業界全体として従来のままの価値提供の在り方を見直す必要が出てきている。今起きている変化は大別すると3種類に分類できる。
1. 顧客接点の増加
コロナ禍以降、スマートフォンやPCなどデジタルツールを通じてあらゆるサービスを享受する動きが加速。これにより、対面接点時の体験を磨き上げるだけでは、顧客ニーズに応えられない状況となった。無論、生命保険業界もデジタル接点を構えている企業が大半である。しかし、長きにわたって対面前提の営業モデルを通してきたため、デジタル体験の磨き上げは不十分な企業が多く、顧客へ混乱や不信感を与え兼ねない状態から脱却できていない。
2. 期待値の上昇
デジタルが日常化する中、他業界での高品質なデジタル体験が一般化し、顧客にとって生命保険会社も1サービサーとみなされるようになった。顧客はより不便のないサービスを当たり前に求めるようになり、他のサービスと同等のシンプルで使いやすいサービスを金融機関に対しても求めている(商品性の難しさに伴う相談・カウンセリングは必ずしもそうではない)。その期待に応えられる金融サービスがもし登場すれば、「金融業界の顧客体験はよくない」と不満を抱える顧客層に対して十分な乗換えの動機となりうる。参考までに金融機関と他業界のサービスレベルの違いを風刺する1つの動画を紹介したい。「London pub customers pranked by bank」とYouTubeで検索すれば誰でも閲覧可能な動画である。ロンドンのパブで、もし銀行のようなサービスが提供されたら顧客がどう感じるか、ユーモアを交えて実験しており、如何に金融機関の提供する体験・サービスが他業界に比して高くないかを如実に表している。
3. 競争環境の変化
たとえサービスレベルが期待を超えなくても、同種のサービスを提供する他社が同レベルであれば顧客はサービスを甘受せざるを得ない。しかし、デジタル先進企業やフィンテックスタートアップが生命保険業界に進出または提携のかたちで関与するようになり、一貫性のある体験を提供してきている(楽天生命、justInCase等)。これに対抗する、または適切に連携するためには、伝統的な生命保険会社も同等以上のものを提供する必要が出てきている。
これらの背景から、生命保険業界におけるCXの重要性は増す一方であり、デジタルも含め、あらゆる接点横断で一貫したCXを提供するためのアプローチとしてデザインシステムが注目されてきている。デザインシステムとは、複数の顧客接点におけるUI/UXの一貫性を保つためのガイドライン、コンポーネント、ツールの集合体である。デザインシス実現しながら顧客体験の一貫性を確保し、ブランドの価値高めることができる。国内生命保険会社ではまだ一般的ではないが、金融業界では都市銀行・地銀・損保等を中心に取り組みが進められてきている状況である。本稿ではこの環境変化を早期に捉え、デザインシステムの導入を積極的に推進している明治安田生命保険相互会社の事例を紹介したい。
“一貫した体験”を提供するためのカルチャー変革の取り組み
デザインシステムの詳細については弊社ブログでも過去に寄稿しているため割愛し、本稿ではその導入に当たってのハードルとなるカルチャー面の変革に焦点を当てて事例を紹介する。
デザインシステムの要諦は、あらゆる顧客接点における体験デザインを、コストを抑えながら効率的にかつ再現性を持って実現できることにあるが、多くの金融機関においてそれは容易なことではない。今や顧客接点は多種多様であり、多くの場合その多様な接点を各部署が分割して主管している。その結果、各部署の都合が優先されて接点ごとの体験がばらつき、顧客が望む一貫した体験の提供が難しくなっている。
さらに、設計当初はあるべき顧客体験を意識した検討を行っていたとしても、リリースに向けたスケジュール・予算の制約の中で要件の妥協をしていく際、顧客ニーズより会社都合を優先してしまうことが起こりがちである。レガシーシステム、既存の業務プロセス、組織構造といった企業の根本的課題の変革に取り組まない限り、顧客は置き去りとなり、真のあるべき体験は提供できない。
明治安田生命保険相互会社は、2021年よりデザインシステムの導入から全社浸透、永続的な活用を見据えた内製化の取り組みを開始している。当初は個人保険領域における顧客ページの刷新から取り組みを始め、全社接点へのデザインシステム適用拡大を進めていた。しかし、取組みを進めていく中で前述の課題に直面し、顧客起点でモノづくりをしようとしても表層的なUI改善にとどまらざるを得ない案件も存在した。
カルチャーを醸成するベストアクション
デザインシステムの浸透と永続的な活用に向けて、どのような具体的なアクションが求められるのか。初年度の経験から、プロジェクトが目指す行動指針をより具体的な行動に落とし込みたいとの明治安田生命保険相互会社の若手参画メンバーの声を受け、課題解決に向けて弊社スタッフと合同でのワークショップを開催し、取り組み参画者が励行すべき4テーマ、12項目のベストアクション(MY COMPASS)を構築した。(図表1)
各ベストアクションを実際のプロジェクト内で奨励するため、弊社デザイナーが作成したカードをプロジェクト参画者全員へ配付し、実際のデザイン案件のチェックポイントでベストアクションの各項目に関する振り返りを行うことや新規参画者へのマインドセットの伝達を仕組み化。四半期毎にデザイン案件の中から最もベストアクションを体現したメンバーをMVPとして表彰する制度も導入した(図表2)。加えて、ベストアクションの体現が困難となる組織的背景の深掘りを行い、組織・システム等の根本的な課題解決に向けた中期的な対応策の検討も進めている。
カルチャー変革の取り組みは多くの場合時間がかかるものであり、問題意識を持つメンバーが根気よく取り組みを継続していく必要がある。明治安田生命保険相互会社では、ベストアクションを検討した若手メンバー、特にデザイン推進組織のメンバーを中心に変革に向けた問題意識を強く持ち、ベストアクションの浸透に向けて各案件での積極的な働きかけを続けている。
新カルチャーの完全な浸透に向けてはまだ道半ばであるが、明治安田生命保険相互会社では取り組みの完遂を見据え、デザインシステムの浸透やカルチャー変革を担うUX/UIデザイナーの積極登用と、デザイン案件の運営を主導しベストアクションを体現するデザインPMの育成を弊社が伴走しつつ進めている。
最後に
真に顧客を中心とした体験を会社全体として提供していくことは生命保険会社を含めた金融機関にとって大きな挑戦であり、特にその初期において社内のみで変革を実現することは非常に困難である。弊社は、伴走期間中のリソースやノウハウ提供にとどまらず、カルチャーを含めた根本的な企業変革の実現に向けてご支援し、クライアント企業の持続的な成長を支援していくことこそ提供価値と捉えている。
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