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第3回 金融ウェビナー

フィンテック・スタートアップ企業は、グローバル金融の様々な分野で影響力を拡大しつつありますが、日本はこれまでのところ、成長・投資額の両面で世界主要市場に遅れを取っています。しかし今後、その役割が社会構造変革の牽引役へとシフトする中で、日本は革新的金融テクノロジーの一大発信地となる可能性があります。

日本におけるフィンテック・セクターの現状

スタートアップ企業のデータベース・サービスを提供するCB Insightsのデータを見ると、日本は米国・中国・英国・香港といった国々・地域に大きく遅れを取っています。こうした市場ではセクターの成熟化とともに成長率が低下していますが、フィンテックに対する投資は拡大しており、過去3年でGDPの0.05〜0.1%という規模に達しました。

一方、メキシコ・インドネシア・ブラジルといった新興国、またヨーロッパの中でもフィンテックの台頭が比較的遅かったスペイン・フランスといった国々では、より小規模の投資が数多くの新興ベンチャー企業に行き渡っています。そして残念ながら、日本はどちらの面で見ても他の主要国の後塵を拝しているのが実情です。フィンテック・セクターに対する投資規模は低迷しており、案件数の伸びもグローバルな平均値から程遠い水準にあります。

フィンテック・セクターの発展段階と日本

日本のフィンテック・セクターがここまで大きな遅れを取っている理由はどこにあるのでしょうか?その背景の1つは、フィンテック・セクターが過去に辿ってきた、そして今後辿ることが予測される発展の過程です。

発展の過程は「アンバンドル」・「エコシステム」・「社会構造変革」という3つのフェーズに分けることができます。2010〜12年ごろに見られた第1フェーズでは、既存金融機関の提供する全方位型サービスを「アンバンドル」(分解)し、部分的に提供するという競合型のビジネスモデルが多く見られました。その典型的な例として挙げられるのは、ケニアのエムペサ(M-Pesa)など、アンバンクト(unbanked)、つまり銀行口座を持っていない、または持てない人々へモバイル技術を使ってサービスを提供するケースです。中小企業向け融資を提供する米国のキャベッジ(Kabbage)など、アンダーバンクト(underbanked)つまり十分な金融サービスを享受できない層へのサービス提供を行うフィンテックもこのフェーズで多く見られました。

第2フェーズとなる2013〜15年には、連携やオープンイノベーションを重視する「共生型スタートアップ」が台頭します。「アンバンドル」をつうじた競合よりも、他のスタートアップや既存金融機関とのコラボレーションをベースとし、サービス・商品も(プロダクト・アウトではなく)顧客ニーズを重視したアプローチです。ブロックチェーンをはじめとする革新的なテクノロジーも、エコシステムをベースとするこうしたフィンテック・スタートアップの成長を後押ししました。

2016年以降に始まった第3フェーズでは、第2フェーズのトレンドがさらに加速し、官民連携やエコシステム形成をつうじて社会的課題への対応を試みるフィンテック・スタートアップが出現します。保険者や医療機関との連携により医療費削減に取り組む、米国の医療保険スタートアップBright Health。生鮮農産品の農家へ超低金利ローンを提供し、出荷と資金化のタイムラグ短縮化を実現するProducePayなど、現在この分野では数多くのフィンテック企業が見られます。

日本はこうした流れの中で、現在どのような位置にいるのでしょうか?日本の大きな特徴は、金融サービス・インフラが比較的早い段階から整備されていたことです。その結果、金融イノベーションを後押しするアンバンクト・アンダーバンクト層がほとんど見られず、第1フェーズで顕著だった金融サービスの「アンバンドル化」に対する需要は大きくありませんでした。日本でフィンテック・セクターが低迷する現状には、こうした背景が深く関係しているのです。

成長のポテンシャル

しかし、こうした流れが今後も日本で続くとは限りません。第2フェーズから第3フェーズにかけて加速した金融イノベーションが、国内のフィンテック・スタートアップに全く新たな可能性をもたらすためです。

例えば、日本は世界に先駆けて人口の減少・高齢化といった社会的課題に直面しています。こうした立ち位置を活用し、社会保障費の抑制や生産性向上、個人資産の流動化といった分野でイノベーションを進めれば、大きな機会を創出できるはずです。

日本のポテンシャルを示す要因は他にもあります。アクセンチュアが最近実施したグローバル調査では、エコシステム構築に積極的な日本人回答者の割合が世界全体の平均を上回りました。「系列」などの仕組みを活用し、相互信頼関係を重視した企業同士の長期的関係を築いてきたこれまでの経験もプラスとなるでしょう。

地理的な要因も注目に値します。日本は依然として世界第3位の経済規模を誇っているだけでなく、人口や経済資源が比較的狭い国土に集中しています。とりわけ東京には、ニューヨークやロンドンと比較しても、イノベーションの醸成に重要な役割を果たす条件が多く整っています。

イノベーションの加速に向けて

こうした様々な要因を考えても、日本のフィンテック・セクターが長期的に大きなポテンシャルを持っていることは明らかです。ただし、「エコシステム」フェーズから「社会構造変革」フェーズへの移行を推進し、その潜在力を余すところなく発揮するためには、数々の課題を克服する必要があるでしょう。業界横断型のエコシステム形成や市場再編、企業間連携をさらに加速させるための規制緩和はその一例です。

また政府には、スタートアップ企業や革新的ビジネスの支援強化、企業の新陳代謝・人材流動性の加速といった取り組みが求められます。サンドボックスなどの活用をつうじたイノベーション推進策も重要となるでしょう。

一方、銀行をはじめとする既存の金融機関にとっては、既存事業の効率向上やコアITのデカップリング、試行型ビジネスの展開などにより、急速に進化するフィンテック・セクターのビジネス機会を取り込む環境づくりが緊要の課題です。破壊的変革が金融の世界でさらに大きな影響を及ぼす今後、フィンテック・スタートアップとの連携を図り、金融イノベーションの推進役としてのポテンシャルを活用することがさらに重要となるのは間違いありません。

私が担当したウェビナーでは、世界・日本におけるフィンテック・セクターの展望についてさらに詳しく解説しています。