本ブログ(全4回)の第1回ではリモートワーク体制の構築が持つ戦略的な意味合い、第2回では業務・本社、そして第3回では営業・コンタクトセンターについてお話しました。第4回となる今回は、ITの側面からリモートワーク推進がもたらす課題と変革、そしてポストコロナ時代を見据えた金融機関のあるべき姿についてお話します。

IT

システム

ITシステムの観点から見ると、コロナ危機がもたらした最も重要な変化は、アジリティの高いシステム構築という流れの加速です。これまで多くの金融機関ではSOR(System of Records=基幹系)への投資に重点を置かれてきました。SOEやSOIなどのフロント領域への投資は優先度が低く、業績向上・効率化が顧客接点である営業店・従業員といった現場の努力に委ねられてきたのです。しかしコロナ渦によって対面での営業活動が困難になった現在、オンライン・リモートをつうじた顧客サービスの重要性が飛躍的に高まり、SOE・SOIへの投資が優先課題となりつつあります。またSORの領域についても、いわゆる『2025年の崖』が刻々と迫る中、パッケージを活用したシンプル化などのレガシーシステムからの脱却が叫ばれており、刷新に向けた流れが急激に加速しています。特に、これから5年以内の刷新実現は必ずしも容易でないという見方が少なからず存在する中、柔軟性の低いSORの存在がリモートワーク体制構築の足かせとなっている現状に直面し、より抜本的かつスピーディーに取り組みを進めようという機運が高まっているのです。

こうした流れの中で、今後重要なキーワードとなるのがリビング・システム(living systems)、つまりシステムを“生きた”存在として捉えて高度なアジリティを実現するという考え方です。ウォーターフォールを軸とした従来のシステム構築では、大規模な改変を念頭に置いて複数年にわたるプロジェクト計画を策定し、長い期間と膨大な労力・コストをかけてシステムを完成させるというアプローチが主流でした。しかしこの考え方には、プロジェクト実行中に生じたマーケットの変化への対応が難しく、高い競争力を保った状態が続かないといった欠点があります。コロナ危機により、ビジネス・市場環境の変化を予測することが極めて困難な今、システムを常に変化する動的存在と捉えるアプローチが求められているのです。マイクロサービス・API等の新技術を組み合わせて疎結合化されたシステム(部品)をマーケットの変化に合わせて継続的にリリース・廃棄し、常に高い競争力を保った最適な状態にするリビング・システムは、ウィズコロナ・ポストコロナ時代に不可欠なモデルと言えるでしょう。

働き方・人材

コロナ危機はIT分野で求められる人材・働き方にも大きな変化をもたらしつつあります。中でも注目に値する流れの1つが、システム開発における伝統的な階層構造の重要性低下と、より柔軟かつロケーションフリーなプロジェクト推進体制(Elastic Digital Workplace)の普及です。これまでのシステム開発は、発注元であるクライアントのIT部門の下にSIer(システムインテグレーター)が入り、さらに下請け・孫請けがニアショア・オフショアを交えた階層的な体制でプロジェクトを進めてきました。この従来型モデルでは、クライアントの近辺にいる要員だけが業務要件作成などの上流工程に携わり、下請け・孫請けやニアショア・オフショアのメンバーは形式的に切り出された部分的タスクのみをこなすというのが常でした。

しかしリモートワークが常態となり、ロケーションの重要性が低下する新たな環境では、オンショア・ニアショア・オフショアといった概念や、そこに存在した下請け・孫請けなどの階層構造が急速に意味を失っていきます。今後は多くの要員がデジタル環境で働くようになり、これまでクライアント近辺にいるという優位性だけでプロジェクトに携わってきた要員が、ロケーションや階層構造を乗り越えた高度なスキル人材に飲み込まれていくことが予想されます。これからのITプロジェクト運営では、高度なスキル・専門知識を持った優秀な人材を、物理的ロケーションを意識せずに全国(あるいは世界中)から集めて活用することが不可欠となるのです。

この新たなシステム開発モデルへの移行が加速するにつれ、現場で求められる人材の資質も大きく変わっていきます。これまではオンサイト・ニアショア・オフショアで構成される階層的体制の中でクライアントの意向を汲み、受動的に作業、情報伝達と状況報告を行うタイプの人材が(特にプロジェクトマネージャーに)多く見られました。しかし今後は、技術・業務・ファンクション・データといった様々な観点からシステムやプロジェクトを全体として俯瞰でき、柔軟な発想力で新たな仕組み・技術などを積極的に提案できる人材の価値が急速に高まっていくでしょう。

コロナ危機がもたらす新たな価値と経営課題

ここまで様々な角度からリモートワーク体制の構築に向けた取り組みと変革の要諦についてお話してきましたが、改めて強調しておきたいのはコロナ危機が今まで経験したことのないかたちで企業の存在自体を揺るがしているということです。例えばリーマンショックは本質的に経済危機であり、企業は利益追求者としてそのインパクトからいかに組織を守るかということが主なテーマでした。しかし今回のコロナ危機は、さらに深刻な影響を及ぼす人類的危機という性格を強く持っており、(組織だけでなく)社会・顧客・消費者・従業員・パートナーをどう守っていくかを考えることが企業に求められます。さらにいえば、この人類規模の危機に際してどのようなメッセージを誰に発するのかという、企業としての価値観が非常に重要な意味を持ちます。リモートワーク体制の構築という取り組みにとどまらず、企業としての根源的なあり方、あるいは価値観が問われる時代に差しかかっているのです。

この新たな時代に重要テーマの1つとなるのは、“Human”(人)へのコミットメントです。これまで多くの企業・団体(エンタープライズ)は、自らの目線で見た組織としてのあり方を思考の軸に据え、その利益に適ったミッション・ビジネスモデル・オペレーティングモデルを選択してきました。常に組織そのものを発想・行動の“主体”としてビジネスを進めてきたのです。

しかし、物理的インフラの重要性が低下するウィズコロナ・ポストコロナの世界では、Humanに重点を置いた価値観がより一層求められるようになります。 

社会・消費者の困りごとへどう寄り添うのか、多様なチャンネルを駆使して顧客の求める価値をいかに提供するのか、従業員の目線で質の高い労働環境をいかに実現するのかといった問いに重点を置き、顧客・従業員に選ばれる組織・ビジネスのあり方を追求しなければならないのです。こうした価値観へのコミットメントなくして、新たな世界での成長実現は難しいでしょう。