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~既存システムはコスト、品質、スピード面で変革に備える必要がある

証券業界の収益環境は厳しさを増しており、各社は既存システムに係るITコストの抜本的な削減に加えて、デジタル技術を活用したビジネス変革(以下、デジタルトランスフォーメーション)の必要性に迫られている。

実現に向け新規システムの導入が検討される一方で、レガシーと位置付けられる既存システム群は新規システムの裏方としてビジネスサービスやビジネスデータを素早く提供する必要がある。

本稿では、コスト、品質、開発スピード面で既存システムが対応すべき準備事項について、弊社の事例を踏まえながらご紹介したい。

デジタルトランスフォーメーションにおけるシステム対応と課題

昨今のデジタルトランスフォーメーションの潮流は基幹システムを既存システムとして維持しつつ、顧客フロント領域のデジタル化(顧客向け携帯アプリ、営業員の情報武装、データアナリティクス等)を推進していく事が一般的である。新システムの利便性や新たに得られるデータが注目されがちであるが、既存システムはビジネスロジック、データ管理の面で主要処理を担う事となるため、相応の準備が必要であると考える。

フロントシステムが顧客やビジネスユーザのニーズに応じて柔軟に構成を変更できたとしても、既存システムが開発コスト、品質、スピード面で追随できなければ、変革全体の足を引っ張ることになりかねない※。

※従来型の非効率な開発手法、人手のかかるリグレッションテスト、手動オペレーションを前提としたリリースプロセス等

デジタルトランスフォーメーションの成功には、既存システムの維持管理業務(開発、保守、運用)に係る生産性を向上させつつ、ITコストを削減する取り組みが必要であると考える。

1. 生産性向上によるITコスト削減

維持管理業務の生産性が向上することで、より少数の人間で今までと同等の業務を行えるため、既存システムに係るITコストを削減しつつ、余剰となった開発要員を新規投資に振り分ける事が出来る。

後述する生産性向上に係るアプローチを踏むことで、既存ITシステムのアジリティを向上させ、デジタルトランスフォーメーションに貢献できる態勢を構築できる。

[図表1] 生産性向上による投資余力の創出

 

なお、本アプローチは無理な要員削減や、開発ベンダへの過度な単価プレッシャーなど、現場に負荷のかかる対応を強いることなく推進ができることから開発現場の支持を得やすい。

2. 開発におけるNewIT活用と効果

ここからは、生産性向上の主要施策について述べていきたい、なお弊社では維持管理業務の対応工数可視化の仕組みを構築した後に、各種の施策(テスト自動化、DevOps適用、RPAのIT業務への適用)を推奨している。

Ⅰ作業工数の可視化

本稿の読者の中には、経営層、ユーザ部門に対して既存システムの維持管理業務にかかる工数説明に苦慮されている方々も多いのではと推察する。日本のクライアントでは、現状のIT業務における種類ごとにどれだけの工数が割かれているかを可視化している事例が驚くほど少ない。
弊社が関わるアプリケーション・アウトソーシングサービスでは作業の単位を全てチケットで管理し、作業の依頼から工数見積もり及び実績の報告まで活用することで作業内容及び対応工数の可視化を行っている。

IT業務に係る工数を可視化する事は、後述する生産性向上施策の選定及び効果の見積精度が向上するだけでなく、日々の業務において、先々の作業計画※を立てる事が容易となる。

例:次月の余裕工数を勘案した作業計画や追加工数手配の対応等

Ⅱ保守開発業務の生産性向上

Ⅱ- 1 テスト自動化
既存システムの保守開発業務におけるテストは従前より手動で実施されているケースが多く、工数増、開発スピードの低下を招く大きな要因となっている。開発スピードを優先するあまり無影響テスト(リグレッションテスト)を実施せず本番での障害につながってしまうようなケースも実際に起きている。テスト自動化に係る技術は既に枯れているが、導入時の敷居の高さやスクリプトの継続メンテナンスの必要性から敬遠されがちである。弊社のグローバル事例(金融機関向けアプリケーション・アウトソーシング事例)では継続的にテスト自動化を推進することで、実施するテストケース数を大幅に増すことができ、品質向上、開発スピード向上、費用の削減を達成している。

[図表2] テスト自動化による定性、定量効果

Ⅱ- 2 DevOps適用
Agile開発プロセスの導入や、新規システム構築時だけでなく、既存システムのリリースプロセスにDevOpsを組み込むことで工数削減を行える。

既存システムは過去のツールや環境を前提としている上、初期構築時の手動によるリリースプロセスを脈々と踏襲している場合が多い。保守開発局面では頻繁に小規模の開発、改修が繰り返されるため、実はかなりの工数がリリースプロセスに割かれていることが多い。DevOps環境の導入はそのような非効率なプロセスを見直すきっかけになるだけでなく、前述のテスト自動化処理とも連動させることで更なる効果を生むことが出来る。弊社事例では、開発環境における複数環境(開発、テスト、UAT)へのリリースプロセスへ適用することで1回のリリース辺り75%の工数を削減することが出来ている。

Ⅲ システム生命維持業務の生産性向上

RPA(Robotic Process Automation)のIT業務への適用
システム保守・運用局面では本番環境での定期的なデータ収集、緊急のデータ補正や、パッケージソフトの設定(ID、権限追加や変更等)が頻繁に発生する。そういった作業はアプリケーションの動作仕様に対する知見が必要になるため、保守開発者が兼務で対応していることが多い。また作業手順も手動オペレーションが前提となっている事が多く非効率化の温床となっている。加えて本番環境での作業となるため作業の正確性も高いものが求められることから実施者が固定される傾向にある。

業務ユーザオペレーションへの適用が進むRPAであるが、システム生命維持業務への適用により、属人化を排除するだけでなく、正確で生産性の高いIT業務として対応できるようになる。

3. オフショア活用による更なるコスト効率化

昨今は高速なネットワーク通信網のお陰で、海外とのSkype接続による音声チャットやPC画面の共有がスムーズに行えるのが当たり前となっている。加えて作業進捗を複数人で可視化するための管理アプリケーション(JIRA、Redmine等)やコミュニケーションを円滑に行うためのプラットフォーム(Slack、Teams等)も開発現場での活用が進んでいる。また、選択されるプラットフォームがクラウド
ベースである場合もあり、維持管理ベンダの作業ロケーションは必ずしもクライアント・オフィスである必要がなくなっている。

弊社では欧米の金融機関向けにインド、フィリピンといったオフショア開発拠点から開発、テスティング、DevOps導入のサービス提供をしてきた経験から、ノウハウを蓄積した専門の部隊が最適な導入計画立案と実装、オフショアからの運用が行える体制が整っている。加えて、インド、フィリピンのリソースコストは、日本での代表的なオフショア先である中国よりもコスト競争力が高く、英語でのコミュニケーションが必須となるが、うまく活用することで更なるITコスト削減の余地を生むことになる。

近年の金融機関のグローバル化戦略の中では、英語環境下での豊富なエンジニアはむしろコストよりも魅力的になるのではないかとも考える。

4. 最後に

工数の可視化→NewITの活用→オフショア活用といったアプローチを実践していく中でITスタッフ及び関係者が効率的な開発手法を学ぶ場ともなり、将来的な基幹システムの刷新において最新技術を踏まえた検討が行える素地を作ることができる。

既存システムであるからといって塩漬けにしてしまっては、いざという時に検討すらままならない状況となってしまうのではないだろうか。

既存システムを極限までシェイプし筋肉質化(投資余力創出、開発スピード向上、品質強化とグローバル化)していく事でデジタルトランスフォーメーションにおけるビジネス転換(ITシステムの転換)がよりスムーズに行えるようになるのではないか。

本稿が今後の金融機関のデジタルトランスフォーメーションの一助となることを期待したい。

※FSアーキテクトは、金融業界のトレンド、最新のIT情報、コンサルティングおよび貴重なユーザー事例を紹介するアクセンチュア日本発のビジネス季刊誌です。過去のFSアーキテクトはこちらをご覧ください