週刊 金融財政事情 2022年12月6日号(3474号)P.18~P.20
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銀行内部で人材育成が可能な職種の見極めがカギ
DX(デジタルトランス・フォーメーション)の推進に当たり、外部へ頼るだけでなく、中核となるDX人材を行内で育成する銀行が増えている。各行でDX研修の提供、採用の多様化などが進められているが、リスキリングによるDX人材育成と従来の人材育成は何が異なるのか。DX人材の育成では研修の提供だけでなく、仕事内容、働き方、組織や人事制度の変革も必要とされ、ビジネスとしての方向性まで見越していく必要がある。銀行が取り組むDX人材の育成において、留意すべき点や具体的なアプローチについて解説する。
DX人材の定義
わが国では労働人口が減る一方で、職種による労働需給のミスマッチが見込まれている。2030年には事務職が120万人過剰となる一方、技術革新をリードする専門職は170万人不足するとの試算もある[注1]。
また、経済産業省のDXレポートによれば、特にIT人材は25年に43万人の不足が見込まれるという。システムの維持管理、セキュリティーリスクへの備えなどが不十分となる懸念があり、データ活用などデジタルによる競争環境において後塵を拝することになりかねない。銀行でもDXやAIの導入により、テクノロジーを活用しイノベーションを起こすDX人材の確保は喫緊の課題である。
ここでDX人材の定義を確認したい。DX人材とは、SMACS(ソーシャル、モバイル、アナリティクス、クラウド、センサー)、DARQ(分散型台帳、AI、拡張現実、量子コンピューティング)といった要素に関する知識を持ち、それらを利活用するためのスキルを有していることが要件となる。そして、技術スキル以上に既存人材と異なる要件は、行動面において組織横断で動ける点と、顧客起点で考えられるという点である。DX人材は組織や枠組みの中で指示を受けて動くのではなく、自律的に動き回り、同僚や外部と協働して成果を出すことが期待される。
この要件を踏まえたDX人材は一つの職種でくくられるものではない。例えば、顧客視点で徹底的に考え抜く「エクスペリエンスデザイナー」、データをもとにビジネスの示唆や助言を提供する「データサイエンティスト」など、さまざまなスキルを保有する職種に分かれる(図表)。そのためDX人材の育成を図っていく上では、専門スキルごとに人材タイプや職種の定義、呼称を定めることが有効である。
〔図表〕DX人材の職種と定義
(出所) アクセンチュア作成
ゼロからの育成なら10年程度の年月
既存の人材に対するリスキリングには、デジタルツールやデータ分析手法などのDXスキルを既存職種に追加するケースと、新たな職種へ転換するケースがある。どちらであっても、リスキリングとは既存の役割の範囲にとどまるのではなく、DX人材の行動要件へと転換を図るものである。
リスキリングを進める上では、ジョブ型人材マネジメントを適用することが有効だと考えられる。必要な職務内容と求められる職能・スキルを明示することで、各自に求められる成果とその後のキャリアを意識・理解してもらうことができるからだ。
留意すべき点として、DXに必要な職種をすべて自行で確保・育成すべきか、ということが挙げられる。継続的に人材を育成・活用するのには、一つの職種あたり最小50~100人程度のグループにしておく必要がある。行内に該当する人材がいない場合、ゼロから育成するとなれば10年程度はかかる。
これほどまでに人数や時間を要する理由は、座学やOJTで学ぶだけでは活躍レベルに至ることは難しく、また学んだ内容を実践して鍛え上げる機会が必要であり、その中で切磋琢磨し合う仲間や先輩が必要となるからだ。効率的かつスピーディにこうした体制を整えるには、自行において中核とすべき事業と内部で人材育成が可能なDX人材の職種を見極め、その一方で外部のパートナーに協力を仰ぐべき職種の決定が重要になる。
リスキリングを進める五つのステップ
リスキリングを進めていくステップは大きく五つある。
①目指す人材ポートフォリオの明確化、②目指す人材(ジョブ)に必要なスキルの識別、③現状とGAPの可視化、④必要なリソースを外部から調達、⑤包括的な育成手段の提供である。
前述のとおり、最初に、求める人材像や職種の定義を行う。人材ポートフォリオでは、職種ごとの「量」「質」「時間軸」を定める必要がある。すなわち自行のDX戦略を実現するために、職種ごとに必要なDX人材の人数と到達すべきレベル、年度別の計画を策定する。
次に、DX人材の職種ごとに必要なスキルと、行内において活躍・発揮してほしい業務や場面を具体化する。必要なスキルを定義したら、既存人材がそれらのスキルを持っているかどうかの調査を行い、求めるスキルレベルに到達済みの人数との差分を確認する。乖離が大きい職種がある場合には、目指す人材ポートフォリオの見直しも必要である。
その次に、外部からの獲得を検討する。リスキリングとは逆行するように見えるが、そもそも育成できる人材が行内にいない場合は、育成者を招聘する必要がある。会社のDX戦略を達成することが目的であり、戦略が未達成とならないよう必要最低限の人材は外部から確保しておくことが肝要だ。育成者は、自身もDX人材となって業務を遂行できることに加え、DXについて体系的に理解し、応用できるレベルである必要がある。
その実例として、例えばパートナー企業と合同でDX推進組織を設置し、パートナー企業の育成者と自行のDX人材候補を同じチームで職務に従事させることで、OJTと自行におけるDX推進の両立を図っているケースがある。「2・IN・1・BOX(ツー・イン・ワン・ボックス)」と呼ばれるこの手法は、知識やスキルを伝えるだけでなく、専門家としての仕事の段取りや心構え、学び続ける姿勢など多くの事を吸収することができる。
育成手段は、OFF-JTとOJTに分かれる。初級レベルではOFF-JT、実践レベルに達するためにはOJTが重要となる。
シンガポールの投資銀行DBSでは、従業員7200人を対象に、デザインシンキング、データ分析、AI、機械学習、アジャイルなどの研修を提供している。また行内ローテーションや部門横断プロジェクトに参画させ、従業員がスキルを習得してより大きな役割を果たせるよう、多くの経験を積ませている
スペインのBBVAでは、自行でのDXの成功を踏まえ、他社に対してリスキリングによるDX人材育成プログラムを提供している。「Ninjaプログラム」と呼ばれるこの取り組みは、ビッグデータ、IoT、アジャイルなどの知識を向上させるセミナーへの参加、記事やポッドキャストでの発信など、自分の知識を周囲と共有していくとポイントが貯まり、白帯から黒帯に昇格していくゲーミフィケーションとなっている。これによってDX人材のコミュニティーを形成し、個人の成長をもたらしている
他方で、リスキリングによって育成したDX人材は市場価値が高まり、転職が進むことも考えられる。制度、組織、カルチャー、経営の変革などの包括的な取り組みも併せて進めていかなければ、育成した人材の流出を招くことになる。
リスキリングから人的資本経営を目指す
21年改訂のコーポレートガバナンス・コードには、人的資本への投資を開示することが記載されている。だが、実際に動的人材ポートフォリオを定めて人的資本への投資を実施している企業は2割未満であり、多くは検討中となっている[注2]。人材ポートフォリオとリスキリングには相関があり、両輪での推進が必要と考えられる。
DX人材へのリスキリングと並行して、人材ポートフォリオも定義し、あるべき姿に向けて必要な施策を練り、達成するまで実行と見直しを繰り返すことが必要である。また、人材が成長して活躍し続けたいと思う組織や環境となるよう、リーダーシップやカルチャーを変えていくことも重要なポイントとなる。
銀行はあらゆる職種を抱え込むのではなく、他行との間でDX人材の持ち合いをすることも検討すべきだろう。DX人材へのリスキリングを変革の始まりとし、各行が持つ資本としての人材の成長・活躍と、その強化によって、組織と事業が拡大・変容していくことが経営に求められている。
(注)
1 三菱総合研究所「内外経済の中長期展望 2018-2030年度」
2 経済産業省「人的資本に関する調査 集計結果」(2022年5月)
あくつ しゅんすけ
人材・組織のスペシャリストとして、金融機関を中心に人材戦略、組織設計、人事制度設計、人事業務改革・IT導入等の深い知見を活かした多数のコンサルティング経験を有する。
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