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金融機関各社は、近年のデジタライゼーション対応に際し、システム開発の側面からデジタライゼーションを推進する「デジタルIT人材」の必要性を認識し、自社人材の育成に着手している。

現在、多くの金融機関は、大部分をパートナー会社に頼って、デジタルソリューション開発を推進している。このような状況下、自社デジタルIT人材育成の必要性を強く認識している金融機関は、パートナー会社と協業でのデジタルソリューション開発を「またとない人材育成の場」と捉え、自社人材を育成する体制・スキームを構築し、自社デジタルIT人材育成の推進を実現している。

本稿では、自社デジタルIT人材育成を強力に推進している金融機関における取り組みを紹介するとともに、自社デジタルIT人材育成の実現性と課題について論じたい。

※本稿は、FSアーキテクトVol.51 2018年秋号「デジタルIT人材育成の難所とアプローチ」の続編。デジタルIT人材育成計画策定に関する詳細は、下記URLをご覧頂きたい。
https://www.accenture.com/jp-ja/insight-fs-architect51-5

自社デジタルIT人材の必要性

テクノロジーの進展、顧客のデジタル化・期待変化、新たな競合出現等による金融ビジネス環境の変化に伴い、金融機関にとってデジタライゼーション推進が大きな経営課題であることは自明である。

経済産業省が2018年9月に発表したDXレポートにおいて、業界横断の課題として「2025年の崖」と称し、「2025年までに、既存システムの刷新ができない場合、現在の約3倍の最大毎年12兆円の経済損失が生じる可能性がある」と警鐘を鳴らしている。

対応策として、以下2点について早期に着手・推進せよと推奨している。

①  人材・資金を維持・保守業務から新たなデジタル技術の活用にシフト

②  デジタル技術を活用し事業のデジタル化を実現できる人材を育成

すなわち、デジタルソリューション開発を担う人材=デジタルIT人材の育成を最重要課題として挙げている。

現在、多くの金融機関において、自社デジタルIT人材育成の必要性を認識し、自社人材の育成に着手している。

まず、自社デジタルIT人材育成を強力に推進している複数社における取組状況をご紹介したい。

デジタルIT人材育成に注力している金融機関の取組状況

デジタルIT人材育成の教師役を担える人材は自社にはほぼ皆無、外部を探しても極少数しか存在しない。

そのような環境下、自社デジタルIT人材育成を強力に推進している金融機関は、デジタルソリューション開発をパートナー会社と協業で推進する中で、パートナー会社要員を教師役とした育成体制を整備し、育成を推進・実現している(図表1)。

① デジタルIT人材育成推進主体の設置   専任要員配置

デジタルIT人材育成推進をミッション・役割とする委員会を設置し、人材育成の専門家を配置することにより、滞りない育成計画策定、施策推進、モニタリング・報告を実現している。

また、教師役および育成対象社員のスーパーバイザーとの日常的な情報連携による育成進捗・課題把握のみならず、要求される知識・スキルの変化が激しいデジタルIT人材の定義の適宜最適化を推進し、常に最新で確かな目標・計画の担保を実現している。

② 資質を考慮した育成対象社員選定

従来のIT人材は、社内システム固有の知識・スキルが重要だった。一方、変化の激しいデジタル領域においては、要求される知識・スキルの変化の度合いが大きく、その変化に対応するための「資質」や「環境・経験」が、より重要である。

経営目標としてのデジタルIT人材の早期育成の観点や、協業での育成は時限的である観点から、より効率的・効果的な育成推進が求められる。

そこで、デジタルIT人材に向いている資質をもつ社員を育成対象者として選定し、更に資質を考慮して目標のデジタルIT人材タイプを設定している。

③ 実績ある育成方法を基にした育成対象社員一人ひとりの育成計画策定

パートナー会社の実績あるデジタルIT人材育成方法を基に、目標人材タイプ×レベルおよび各育成対象社員の現状に応じ、「参画すべき案件テーマ・役割」「受講すべき研修」「習得すべきデジタルIT知識・スキル」「取得すべき資格」の4つの観点から、個人別育成計画を策定している。

また、育成対象社員とその上長および教師役の三者でのコミュニケーションを通じ、会社・組織の期待と育成対象社員本人の希望・意識の擦合せを実施の上、育成に着手している。

④ 効率的・効果的OJTを実現する事前学習と関係者の意識統一

案件参画・OJT開始に際し、事前研修での必要十分な基礎知識・スキル習得により、円滑かつ確実なOJT開始・推進を実現している。

また、事業部門も含む自社社員およびパートナー会社要員の「開発推進」と「人材育成」の両目的の理解が重要である。開発推進観点のみならず、育成観点での役割分担/仕事の付与により、OJTを通じた計画的な育成を実現している。

⑤ モニタリングによる早期課題可視化と迅速な対応策策定・実行

3ヵ月に1度、前述の個人別育成計画の4つの観点について、計画対比の育成取組状況・成長状況のモニタリングを実施している。

遅延・課題の可視化および原因特定により、迅速かつ適切に対応策を講じることで、計画的な育成を実現している(図表2)。

デジタルIT人材育成の実現性

① 社員への成長期待の明確な伝達は、成長を加速

金融ビジネス環境が大きく変わる中、社員自身による成長目標設定は困難な状況にある。

自社の目指す姿およびその実現に向けた社員への成長期待について、社員視点の丁寧なコミュニケーションにより、社員一人ひとりに確固とした成長期待・目標を認識させ、期待成長スピードに沿った育成を実現している。

② 協業でのデジタルソリューション開発は人材育成の場として最適

一般的に、教師役と育成対象社員の間には上下関係が生じ、フラットな真のコラボレーション実現は難しい。

デジタルソリューション開発は、デジタルテクノロジーやデザインシンキング等に精通するパートナー会社のみでの推進は不可能であり、既存自社システムを熟知した自社社員が必須だ。

お互いが不足を埋め、強みを活かす構造のため、フラットなコラボレーションが自然に生まれ、活発な相互意見交換を通じ、効率的・効果的なデジタルIT人材育成の推進を実現している。

③ 短期間でのデジタルIT知識・スキルの育成は実現可能

半年~1年という短期間で、大半の育成対象社員が、デジタルソリューション開発の実作業における戦力化や、デジタルIT関連の資格取得を実現している。

さらに、数人の育成対象社員は、デジタルIT知識・スキルに係る社内研修の講師を担い、社内人材育成の展開・拡大を開始しつつある。

デジタルIT人材育成の課題

大部分をパートナー会社に頼った喫緊のデジタルソリューション開発が完了した後、自社人材主体での開発への移行・実現に向けた課題も浮き彫りになってきた。

① 行動変革には経験・時間が必要

デジタルIT知識・スキル習得は確実に推進出来ている。しかしながら、育成対象社員自身や事業部門社員は、「今後も暫くの間、自社社員のみでのデジタルソリューション開発推進は困難」と感じている。

自社人材主導でのデジタルソリューション開発推進の実現には、デジタルIT知識・スキルのみならず、行動変革も必要である。弊社内のデジタルIT人材育成の例を見ても、行動変革実現には経験蓄積のための一定の時間を要している。

② デジタルIT人材のリテンション

現在、デジタルIT人材は引く手数多であり、育成と並行してリテンション施策の検討・実行が不可欠である。仕事の魅力も重要だが、報酬を含め制度面の早急な整備も必要である。

③ 業務部門の変革も必要

従来のシステム開発と比べ、デジタルソリューション開発には、システム部門と業務部門の連携がより求められる。アジャイルな案件推進に必要な考え方・ルール、連携に必要なお互いの作成物要件・品質について、共通認識を持って開発することが必須である。

業務部門のスキル・意識不足が案件を停滞させ、結果的にデジタルIT人材育成の阻害となっている事象もある。

まとめにかえて

自社社員主体でのデジタルソリューション開発の実現には、少なくとも前述の3点の課題の克服が必要である。

これらの課題を克服し、自社デジタルIT人材育成を継続・加速させるためには、システム部門のみでは対処出来ず、業務部門との連携が必須である。今後、デジタライゼーション推進に向けて、全社一枚岩となった取組の強化が求められている。

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