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証券リテールビジネスの収益の9割は1割の顧客がもたらしており、顧客の大半は60代以上のシニア富裕層である。シニア富裕層の獲得・深耕は、各社しのぎを削っており、一定の成果を上げているものの、相続による資産流出の波はじりじりと押し寄せてきている。

総務省統計局 家計調査(貯蓄・負債編)によると、全体資産のうち約7割が60代以上に集中しており、これら60代以上の資産が今後10年、20年で大規模な資産移転を迎えることとなるため、資産移転先および新たな中核顧客として、次世代富裕層の獲得が急務となる。

本稿では、次世代富裕層の獲得にあたって押えるべきポイントを、海外金融機関のアプローチ事例も交えてご紹介したい。

シニア富裕層の資産流出

前文の通り、証券リテールビジネスの収益の9割は1割の顧客がもたらしており、その大半は60代以上のシニア富裕層のため、今後10年、20年で大規模な資産移転を迎えることとなる。当面はシニア富裕層が収益の柱としてビジネスを支えるものの、来たる大規模資産移転を見据え40~50代の次世代富裕層へいかにスムーズにシフトし、ビジネスの継続的成長の道筋をつけるが急務である。

では、そもそも次世代富裕層とはどのような特徴を持った顧客なのか?

次世代富裕層の特徴

オーナー経営者を例にとって、団塊世代以前のオーナー経営者(シニア富裕層)と、その子息の世代の経営者(次世代富裕層)の比較の中から、次世代富裕層の特徴を考察したい。

まず、団塊世代以前の経営者だが、足繁く通ってくる甲斐甲斐しい担当者を好み、仕事の悩みから家庭の悩みまで様々な悩みを相談するなどウェットな関係が特徴だった。

一方、その子息の世代の経営者は、金融機関都合の提案に辟易しており、自分で情報を比較合理的な判断ができればよく、そのための情報を担当者が提供してくれればそれでよいというドライな関係性を好む傾向にある。こう見ると、彼らは情報さえ提供してくれれば自分で解決するというセルフ完結を望んでいるように聞こえるが、必ずしもそうではない。彼らは仕事やプライベートで忙しいため、面倒なやり取り抜きで、気軽な相談をしたいのである。ただし、顧客が金融機関を”気軽な相談先”として認識しているかというと、必ずしもそうではない(図表1)。シニア富裕層から次世代富裕層への資産移転は10~20年かかるが、資産移転のタイミングで気軽に相談してくれるポジションにいなければ、結果的に資産流出を免れない事態になりかねないのである。

では、次世代富裕層に対して海外金融機関はどのようにアプローチしているのか?

海外金融機関における次世代富裕層へのアプローチ事例

ここで、米国MorganStanleyの事例と、GoldmanSachsの事例についてご紹介したい。

まず、米国MorganStanleyであるが、彼らは超富裕層富裕層をターゲットとして、FA(フィナンシャルアドバイザー)による対面主体でのビジネスに注力しており、ウェルスマネジメント部門の収益の大半を稼ぎだしている。一方で、彼らは次世代富裕層への接点構築が次の1手として重要視しており、着々と手を打っている(図表2)。

1つは、職域チャネルでの接点構築である。MorganStanleyは、企業向けに株式報酬プラン管理サービスを提供するカナダのソリアムキャピタルを買収し、ストックプラン利用者向けプラットフォームとして自社ブランド化(Shareworks)。この中で、富裕層となる確度の高い従業員や役員クラスを、フィナンシャルアドバイザリーサービスに勧誘している。

もう1つは、”Morgan Stanley Virtual Advisor”の提供である。こちらは、コールセンターをVirtual Advisorにリブランド化したものになるが、高いスキルを持ったフィナンシャル・アドバイザーがリモートで多くの顧客に高品質なアドバイスを提供しており、富裕度の高い顧客は支店の対面アドバイザーにトスアップする仕組みとなっている。

次にGoldmanSachsをご紹介したい。GoldmanSachsは、金融危機後の事業構造改革により、マス富裕層市場への参入を開始。個人向けのオンライン銀行マーカスを設立して、預金や融資サービスの提供を開始したが、それ以外にも次世代富裕層との接点構築を様々な打ち手で進めている。

1つ目は、個人向けにフィナンシャルアドバイスを行う企業との提携、及び提携先アドバイザーによる、証券担保ローンの”GSセレクト”の提供である。GSセレクトは2017年より提供されているオンラインの融資プラットフォームであり、元々は超富裕層向けに提供していた融資サービスをそれ以外の顧客にも提供することを目的に導入された。

2つ目は、職域チャネルの強化である。元々GoldmanSachsは、2003年に買収した「Ayco」が企業幹部向けファイナンシャルプランニングサービスを優良企業の経営陣や従業員に提供していたが、2016年にHonestDollar(中小及び新興企業の従業員向け退職年金プログラム提供企業)を買収、2018年には、RocatonInvestmentAdvisors(機関投資家向けアドバイザリー投資一任サービス提供企業)を買収することで、次世代富裕層との接点を強化している。

MorganStanley、GoldmanSachs両社ともに、買収も含めた次世代富裕層の顧客基盤接点づくり、彼らのニーズに合った商品サービス提供という点で、示唆は大きい。

次世代富裕層獲得のポイント

海外事例も踏まえ、弊社として考える次世代富裕層獲得のポイントは大きく4つである。

次世代富裕層のニーズに合った商品・サービスの提供

エグゼクティブ層を例に、次世代富裕層ニーズ及び商品サービスの方向性を考えてみたい。

エグゼクティブ層は購買意欲が旺盛でまとまった資金ニーズが大きい一方、保有資産の一定のポーションを自社株式等が占めていることから、まとまった資金を、手元の自社株を売却して調達するケースがある。そこで、保有株式を売却することなく資金を借り入れできる証券担保ローンのニーズは大きいものと思われる。

また、エグゼクティブ層は給料のうち一定額を株式報酬で受け取っていること、課税額が大きいことから現金が不足しがちである。そこで、現金確保手段としての不動産投資ニーズは大きいものと推察できる。また、確定申告にあたっては複雑な税計算等が必要であり、税理士の活用ニーズもあるものと思われる。

いつでも気軽に相談できるチャネルの提供

次世代富裕層は現役世代であり、プライベートも仕事も忙しくなかなか時間が取れない。MorganStanleyのVirtualadvisorのように、リモートで気軽に相談できるチャネルを構築することで、次世代富裕層との接点を増やすことができるのではないだろうか。

チーム制等による次世代富裕層向けアドバイス力の強化

次世代富裕層の悩みは多様で複雑であり、営業担当者個人のアドバイス力強化だけでは限界がある。各領域の専門家などとの連携によるチーム制を構築することで、次世代富裕層向けアドバイス力の強化をすべきではないだろうか。

その他新たな顧客基盤増強・接点チャネルの構築

MorganStanley、GoldmanSachsともに、職域顧客基盤の強化やRIAとの提携等による次世代富裕層との接点チャネル強化を講じていたが、日本においても、次世代富裕層顧客基盤の強化や新たな接点作りの余地があるものと思われる。

また、メタバース等のデジタル活用にも、試行段階ではあるが視野に入れておくべきだろう。JPMorganChaseは、メタバースにラウンジを開設し、専門家の話を聞くことができる新たな取組を試行している。

まとめ

次世代富裕層へのアプローチは一筋縄ではいかないが、彼らが気軽に相談できる窓口を作り、彼らのニーズに合った商品サービスを提供できれば、次世代富裕層顧客獲得の糸口が見えるだろう。

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