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トレーディングは電子化の進展に伴う収益性の低下に加え、フィンテック企業等の非金融プレイヤーの参入も進み競争環境は激化することが予想されている。このような厳しい環境に対応するため、各社DXの取り組みを進めており、特に電子取引においては近年10年以上に渡る取り組みにより、売買執行の合理化・簡素化が進んでいる。
今後は、より深い顧客理解に基づき、多様化する顧客ニーズに如何に答えていくのかが勝負の成否を分けると考えている。
本稿では、トレーディングにおけるデータ解析を活用した顧客理解の深化、及びサービス提供の方向性について考察したい。
トレーディングにおける市場動向
度重なる規制強化や中央銀行の低金利政策、取引の電子化による価格競争の激化等により、トレーディングビジネスによる収益は減少傾向にある。また、フィンテック企業等の非金融プレイヤーの参入も加速しており、熾烈な競争環境となっている。取引の電子化対応の遅れはフローの損失に直結するため、国内の金融機関においても、取引の電子化対応は最重要事項として取り扱われている。一方、取引の電子化は、先行する一部の大手外資系金融機関の優位性が高い。そのため、国内の金融機関が収益を維持・拡大するためには、取引の電子化対応に加えて、今まで以上にフローを獲得する動きが今後重要となると考えている。
電子取引からデジタルセールスへ
顧客からのフローを獲得するためには、より深い顧客理解により多様化する顧客ニーズを把握し、カスタマイズした顧客体験を提供することが必要であり、競争上の差別化要因になると考えている。顧客を深く理解するためには、自社が保有するあらゆる顧客データ、及び公開データの分析を活用したセールス活動が求められる。既に多くの金融機関で検討や実行着手が進んでおり、対応の遅れが競争力の差に直結すると予想される。トレーディング領域でのセールス活動における一連のプロセスに対するデータ分析活用の方向性と、求められる人材を示したい(図表1)。
データ分析活用の方向性
①顧客ターゲティング
マーケットデータや各種動向データからターゲット顧客をセグメンテーションし、顧客のCRM(Customer RelationshipManagement)データ、及び競合・同業企業データから顧客のニーズ・課題・イベントを分析し、セールスへ最適な商品・顧客をリストアップする。例えば、入出金の傾向分析や、業界・類似企業のトレンド分析による海外現地通貨需要発生の検知、イールドカーブ変化時の顧客需要の変化をデータ化し、最適な提案先を選定する等の取組みが検討、着手されている。
②顧客理解の深化
顧客のCRMデータに加えて、商流データ、外部データ(マーケットヒストリカルデータ・業界レポート・統計データ・市場予測データ等)から顧客のエクスポージャリスクやボラティリティリスク等を分析することで顧客自身が把握できていなかったリスクを可視化し、潜在的なニーズを把握する。例えば、将来的に特定通貨に対するエクスポージャが増加することを予測し、潜在的なヘッジニーズを把握する、決算情報から事業法人の潜在的な運用ニーズを把握する等の取組みが検討、着手されている。
③ソリューション提案
把握した顧客ニーズに対して、自社商品データ、顧客CRMデータから最適な商品のストラクチャーを自社横断で自動組成すると共に、組成商品の会計インパクトやリスク量を可視化することで提案訴求力を向上させる。例えば、ファイナンス・デリバティブの複合商品を組成し、ヘッジ効果、リスク量も含めて提示することや、顧客ポジション、投資性向を基に商品組成し、会計インパクトも提示する等の取組みが検討、着手されている。
④プライシング
取引条件、顧客CRMデータ、与信情報、過去Away理由、リアルタイムのマーケット情報等から単独取引だけでなく顧客のライフタイムバリューを考慮した最適なプライスを提示する。例えば、引合情報、マーケット情報、Away理由に加えて、再取引・運用確率を考慮し、ライフタイムバリューが高い顧客へは優遇したプライスを提示する等の取組みが検討、着手されている。なお、各プロセスにおける実績・効果を定期的に収集・蓄積することで、見直すべきプロセスを明らかにし、分析手法、利用データを継続的に改善していくことも肝要である。
データ分析活用に求められる人材
データ分析の活用に際して、従前のセールスチームが保持するケイパビリティだけでは不十分であり、新たなケイパビリティが必要となる。以下に代表的なものを示したい。
データ分析結果を活用したセールス戦略企画・立案能力(ビジネスプロフェッショナル)
データ分析結果そのものだけでは不足している、ビジネスへの示唆を分析結果から抽出し、セールス戦略の企画・立案ができる。
顧客体験設計・データ分析要件定義能力(カスタマープロフェッショナル)
顧客体験、セールス施策を検討・策定し、データ分析をどのように活用するかを企画できる。また、データ分析要件を定義と設計を行い、実行者へ正しく伝達できる。
AI・機械学習を活用した分析・実行能力(分析・データエンジニア)
分析要件に基づいたデータ集計の設計・開発及び、データ整備・加工ができる。今日、人材獲得競争は、従来の同業種間での有望株の奪い合いから、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)に代表されるテクノロジー企業等の他業種との人材獲得に拡大している。そのような環境下において、外部リソース活用も検討が必要と考える。
データ分析活用を支えるガバナンス・オペレーティングモデル
データ分析・活用に必要な体制を社内に敷くことになるが、データ分析業務の成熟度等を考慮して体制を構築する必要がある。体制の整備方法として、代表的な3つのパターンを紹介したい(図表2)。
部門分散型
部門ごとに分析人材、テクノロジー人材、システム・データを保持し、それぞれの部署が独自に分析業務、システム開発、データ管理を担う。施策の実行ハードルが低いため、成果を積み上げていくフェーズでは有益である。一方、全社的な投資額が高くなってしまうことに加えて、システム、データが部門ごとにサイロ化してしまうリスクがある。
セントラル型
社内にデータ分析専門部門を立ち上げ、分析人材、テクノロジー人材、システム・データを集約し、各ユーザ部門からの分析要望を受託形式で対応する。システム開発、データ管理が集約されるため全社的なTCO(Total Cost of Ownership)の最適化や、システム、データの標準化を推進し易い。一方で、要員制約による分析スピードの停滞や、全社的な優先順位の管理が難しい側面がある。
ハブ&スポーク型
データ分析専門部門を設置するとともに、ユーザ部門にもデータ分析チームを配置する。専門部門は全社共通的な分析、システム開発、データ管理を担い、ユーザ部門の分析チームは個別ビジネス要件を専門部門と連携して対応する。部門ごとのビジネスに柔軟かつ迅速な分析、システム開発、データ管理の統制によるTOCの最適化を両立可能である。一方で、コミュニケーション負荷が高いため円滑なコラボレーションの仕組みが必要となる。
おわりに
今後も激しい競争環境が続くトレーディング領域のビジネスにおいて、多様化する顧客ニーズへ如何に応えるかが生き残りのカギになると考えており、そのためにはデジタルを活用した新たなビジネスモデルへの変革が不可欠である。
弊社としても、トレーディング業界の生き残りを掛けた変革をパートナーとして共に推進できれば幸いである。
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