デジタルトランスフォーメーションは、顧客の行動と意思決定に変革をもたらした。そして、コロナ禍の影響により、さらに変化している。
今後は、顧客の行動・意識に目を向け、それに基づいた顧客との接点・コミュニケーションやビジネスのあり方を検討することが重要だ。
本稿では、データに基づいた実験的組織を組成し、顧客に対する理解を絶えず深めている、アメリカ大手小売業のウォルマート社の事例を取り上げる。
企業が事業戦略と同時に、社会と人の課題に取り組む姿勢は、顧客の支持を得るために一層注目されそうだ。コミュニケーションを維持し、顧客の生活をより便利で豊かなものにしていくことで、社会における企業の存在意義は確固たるものになるだろう。

コロナ禍における生活の変化

筆者は、ニューヨークに駐在しているが、先般のパンデミックの最中には、外出できず、食品、日用品、薬品などの調達は、オンラインでの買い物を余儀なくされた。当初は、商品の品切れや、配達枠が十分に割り当たらず、3つのモバイルアプリを駆使し、日々の生活をしのいだものだ。
巣ごもりが続く中、モバイルアプリを使って生活することは日常化した。ただ、同じ商品でも、購入先ごとに日々価格が細かく変動することも分かり、いまは商品の価格、商品の品質、配送にかかる日数を比較検討し、商品によって購入先を分けるようにしている。
多くの場合、刻々と変化する顧客のニーズに、企業が追い付くことは難しい。また、フィンテックの参入で注目された、簡単で分かりやすい、操作性の良いサービスも、いまや業界内で均質化され、それが
理由で利用者から選ばれることは、以前と比べ少なくなってきている。では、先進企業は、どのようにオンラインとオフラインを組み合わせて、顧客との関係を保っているのか。

先進企業のビジネス変容

アメリカの先進企業は、未発見の大きなニーズを発掘し、サービスを追求することで、自らのビジネスを再定義している。それら企業は、コアサービスに留まらず、買い物、食事、交通、娯楽など、個客の日常生活、行動、習慣に必要とされるサービスを予想し、設計し、組み立て、総合的な体験として提供することで、利用者の期待に応える過程で行われる(図表1)。


弊社最新調査から得られる示唆アクセンチュアインタラクティブによる最新調査「カスタマーエクスペリエンス(CX)を超えて、エクスペリエンス起点のビジネス変革(B X)へ」によると、CX戦略に重きを置く経営者は、調査対象全体の33%に留まった。その一方で、顧客との関わり方やコミュニケーションの取り方を根本的に見直したい意向がある経営者は、調査対象全体の77%と多いという。
今後は、他社より優れた体験を提供することではなく、もっと顧客の行動・意識に目を向け、それに基づいた顧客との接点・コミュニケーションやビジネスのあり方を変革していくことが重要と述べ、以下の4つの打ち手を示唆する。

・予測が難しい顧客ニーズにこだわり、データをもとにアクションに落とし込むこと。
・顧客体験の改善を日常的に取り組むことを習慣とし、有望な機会に速く対応すること。
・一つにまとまった実験的文化を備えた組織であり、組織全体で最高の顧客体験を目指すこと。
・人の課題やニーズに対応するため、データ、テクノロジー、人材を再配置すること。

アメリカ大手小売業者の事例:消費者の行動変化に対応

アメリカ大手小売業のウォルマート社は、2020年にネット販売を79%増と飛躍的に伸ばし、小売業界のリーダーとしての印象を強めた。同社は、「顧客に価値を提供するために存在する」ことを理念とし、低価格、多くの品ぞろえにより、多くの人の生活を充実させることを念頭に置いている。
同社は、この10年、データ駆動型の分析と、人間の行動と意思決定の理論(行動科学)による分析を事業開発に考慮してきた。新たな取り組みは、実験的に導入し、データをもとに、顧客のサービスに対する支持や効果を測り、事業化する企業文化が定着している。
ウォルマートスーパーマーケットの利用者は従来、大きな店内で、大きなカートを押しながら、多くの商品を見たり、触れたりしながら買い物を楽しんだ。ただ、コロナ禍の影響で、以前と比べ、店舗で気軽に買い物をすることが難しくなった。
その対策として、同社は、店内でも利用者にモバイルアプリの活用を促した。そのアプリは、店内モードに切り替わると、商品の在庫や価格を示し、商品が陳列された場所まで案内する。スキャンアンドゴー(買い物中に商品をあらかじめスキャンしておき、出口で決済する仕組み)により、レジ待ちをすること無く、スムーズな買い物が可能となった。
また、オンラインでは、顧客が常にモバイルアプリに触れる接点を作り、その行動データを基にリピーターの確保につなげている。特に、一度購入した商品などをもとにした、商品の再購入のおすすめはリピート率が高い。そして、車社会の習慣に合わせて、オンラインで商品を注文し、店舗で即日の受け取りを行う、BOPIS(Buy Online Pickup In Store)形式を普及させ、配送にかかる体力を抑えながらも、手軽に、早く商品を引き取りたい需要にも応えた。

顧客を惹きつけ離さない施策

行動科学に基づいた施策は、より多くの顧客に価値を伝えるために、実店舗でも、オンラインでも無数に取り込まれている。例えば、売りたい商品を、陳列の工夫や背景を変えることで、他の商品に比べて目立たせる。これは、オンライン広告にも見られるように、顕著なものに注意を払う人の特性を利用したもので、商品を強く印象づける。次に、商品の価格を永久的・一時的に値下げし、あえて元の価格を看板に表示しておく施策もある。これは、人が意識するしないを問わず、最初に目にした情報に対する印象が固定されやすい特性を利用したものだ(アンカー効果)。その結果、顧客は商品に対して、より良い価値を感じやすい。そのほかに、人が自分の行動について確信が持てない時に、周りの他の人々に目を向ける特性を利用したものもある(ソーシャルプルーフ)。客観的な商品に対する評価や、実体験の感想を共有することで、購入を促進させることができる。

社会課題への取り組み姿勢:コアビジネス以外への拡大

アメリカの社会問題として、いまだに普通預金口座を持つなどの基本的な金融サービスを受けられていない層が多い。
こうした人々をどのように経済活動に巻き込んでいくことができるのか。そこで、先進企業はコアビジネスから離れて、金融サービスにも注力している。これまでサービスが及ばなかった人たちにもサービスの裾野を広げるだけでなく、伝統的口座の代わりとなるデジタル口座を利用する、成長性の高い層の取り込みや、中小事業者向けのマーケットプレイスを運営し、消費者が事業者になる機会すら与えている。
そういった動きの中で、ウォルマート社では既に、小切手の現金化、請求書の支払い、送金、プリペイドデビットカード、公共料金の支払い、クレジットカードなど、多くの金融サービスを提供しており、最近では、ゴールドマンサックスのデジタル銀行であるMarcusと提携し、中小事業者に与信枠を与え、ローンの申し込みを可能とした。この同社の事例は、企業の事業戦略を進めながら、社会と人の課題を解決する良例と言える。

おわりに:企業に対する変化の要請は加速する

この1月にウォルマート社は、次世代のフィンテックベンチャーの創設を発表した。これまでも新しい企業とのパートナーシップはさかんであり、高価な商品の購入層を取り込むためにAffirm社やCredit Karma社と連携して割賦払いを可能とした。今後も金融ソリューションの開発を加速する見込みだ。
顧客が企業を信頼すると、顧客はその企業のサービスを日々の生活習慣の一部に取り込む。企業と顧客の間には双方向のコミュニケーション(フィードバックループ)が形成される。顧客に対する理解がより深まり、顧客の生活をより便利で豊かなものにしていくことで、企業へのロイヤルティは確固たるものになるだろう。

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