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2020年6月、「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」の「報告書」が公表された。これによれば、わが国における経済価値ベースのソルベンシー規制は、2022年中に仕様の暫定的な決定が、2025年に施行が、それぞれ想定される。

国内保険会社にとって、本規制の導入は、必要な資本の確保を担保するためだけではなく、持続的成長の礎となり、過去に起きたような保険契約者の不利益のリスクを一層抑制するための、経営管理の変革契機と考える。

本稿では、欧州ソルベンシーⅡにおける事例を踏まえて具体的な変革の方向性を見通し、今後必要と想定される考え方についてご紹介したい。

歴史の振り返りと今後の日程

1997年から2001年にかけて、いわゆる逆ざや問題により、7社もの中堅生保が経営破綻し、数多くの保険契約者が多大な不利益を被った「平成生保危機」1をご記憶の方は多いと思う。2008年のリーマンショックに伴う金融危機や、損害保険においては、2011年のタイの洪水、度重なる北米のハリケーンなどの自然災害の激甚化も、持続的成長を阻害しかねない大きな衝撃であった。

昨今においては、国内マーケットの縮小や生産年齢人口の減少が予測され、本邦保険会社は保険事業の地理的拡大や引受リスクの多様化を図っている。これは、例えば再保険取引を含む巨大災害リスク管理の複雑化を招いている。また、低金利の長期化は、保険各社による運用資産の多様化を促した。これは、資産運用リスクの複雑化を意味している。

こういった過去の教訓や、国内保険会社を取り巻く激動の社会環境の上に、わが国の経済価値ベースのソルベンシー規制は導入されることとなる。2020年6月、金融庁より「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」の「報告書」が公表された。それによると、下記スケジュールが想定される。2

2022年:国内フィールドテスト(影響度評価を含む)や国際的な動向も踏まえ、仕様を暫定的に決定

2024年:基準の最終化

2025年:新たな制度を施行

2026年3月期より新基準に基づく計算を開始

国内での受け止め方

銀行業界におけるバーゼル規制と同様、今回の規制も資本規制といえる。資産のみでなく、負債(保険契約)にも経済価値(最新の金利や死亡率等)に基づく評価替えが毎期行われ、経済価値ベースで評価された資産と負債の差分である資本が、自社の保有リスクと照らして充分といえるかが問われる。そのため、短期的には投資基準の見直しや、中長期的には、利回りを長期保証しない販売商品への転換が、国内生保における主な動向として挙がっている。つまり、金利変動により資本不足を招く事態を防止するため、保有する資産(投資資産)と負債(保険契約)の年限差を低下させようという動きである。3

もちろん、資本規制の遵守の観点から、この動きは適切といえる。ただ、例えば「平成生保危機」を振り返ったときに、これで十分といえるだろうか。過去の危機で得られた教訓は、高い鮮度と解像度を伴う経営内容の見える化や、見える化された情報を分析して経営の選択肢を示す専門家の必要性(保険アクチュアリの役割変化)、そして適時適切な経営判断を支えるガバナンスの構築であったと考える。そのため、投資基準の見直しや販売商品の転換に留まらない、持続的成長を支える経営管理への変革が、今回の規制導入を契機として検討されるべきと考える。

翻って、経済価値ベースのソルベンシー規制であるソルベンシーを2016年より適用している欧州の保険会社では、複数の経営管理の変革事例が確認できる。次章では、欧州各国に拠点をおく弊社の経験より、そういった変革事例の一部をご紹介したい。

欧州保険会社の変革事例

ファイナンス・トランスフォーメーション

ソルベンシーの適用の後、複数の欧州保険会社が直面した課題は、主に下記の4つであった。内容の詳細は上記(図表1)をご参照頂きたい。

①業務プロセスの複雑化

②忙殺される専門人材

③システム保守コストの増加

④対外開示に耐えうるデータ品質の維持

この状況を受け、いくつかの先進的な保険会社では、「ファイナンストランスフォーメーション」と呼ぶプログラムを開始した。実施内容は各社様々だが、共通した方向性として、オペレーションモデルの再定義、業務プロセスの効率化、データ整備、システムアーキテクチャのシンプル化が挙げられる。

IT保守コストの約10%の削減、加えて事業費率の約2%低下の例が確認された。また、ファイナンス、リスク管理、保険数理の専門人材の70%程度をデータ加工等の単純作業に充てざるを得なかった保険会社が、取り組みによる業務見直しの結果、逆に、同水準の専門人材を、経営情報の分析や新商品の開発に配置転換できた事例もある。

リスク管理の新たな潮流

ソルベンシーの適用は、保険会社における経営管理、特にリスク管理に必要なデータの質と量を自ずと向上させた。ソルベンシーの適用後に弊社が欧州保険会社のチーフリスクオフィサー(CRO)へ行った調査(図表2)によると、下記の新たな潮流が認められる。

✓持続的成長をリスク管理が支える(CROの役割拡大)

✓データこそがリスク管理の強み

✓ヒトを活かすリスク管理へ

総じていえることとして、ビジネスの不安定さが増す中で、CROはデータ活用力を梃子に役割を拡げ、全社的な規模での迅速な意思決定、並びに持続的成長への貢献を図ろうとしている。当然、リスク管理機能がイニシアティブをとって全社的な経営へ貢献することには、様々なチャレンジが伴うと予想されるが、欧州のこの潮流は、本邦保険会社の近未来を描く道標になりうるであろう。

経済価値ベースのソルベンシー規制のその先に向けて

本稿執筆時点(2022年4月)において、まだ暫定仕様も発出されていない本規制のその先まで見通すことは、いささか気が早いのかもしれない。しかし、欧州のソルベンシーの経験に学ぶならば、少なくとも下記の2点は気に留めておくべきではないだろうか。

✓部分的、対処療法的な規制対応に留めると、恒常的なコスト増加、専門人材の不足、業務品質の劣化を助長しかねない。受け皿としての、持続可能な経営管理態勢は万全か

✓規制対応により促進される経営データの質量の向上は、経営管理に対する専門人材(保険アクチュアリなど)の活躍の場を拡げうる。自社の態勢やカルチャーは、データと専門性に基づく経営を真に受け容れられるか

弊社は、欧州におけるソルベンシーに関する豊富なご支援の経験、並びに、国内における経営管理保険数理テクノロジーオペレーション等の多様な専門家を有している。これらの専門性を総動員し、経済価値ベースのソルベンシー規制を契機とした本邦保険会社各社の変革パートナーとして、歩みを共にできれば幸いである。

規制「対応」に留まらず、本邦保険会社が持続的成長を確固たるものとし、ひいては一人でも多くの方々が一層安心して保険を活用できる未来が続くことを願ってやまない。

※1出典:植村信保「経営なき破綻平成生保危機の真実」

※2出典:金融庁HP「『経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議』報告書」

※3出典:日本経済新聞2021年7月20日付記事「生保に迫る「2025年の崖」金利低下リスクに備え」

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