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2019年はコスト構造改革とDX・デジタル人材育成が各社で進められた。
働き方改革の流れは、RPA(Robotics Process Automation)導入からさらに踏み込んだコスト削減・構造改革 へとつながり、各金融機関では今後のサステナブルな成長に向けて必要な職種と要員数を見極め、採用の見直しや既存社員のリスキル・リソースシフトを進める必要性が明確となってきている。
2020年は構造改革が進み、新たな人材・組織の強化と活用の動きが加速す ることが考えられる。従業員一人ひとりの役割の変化や体制への影響を受けて各社が取り組むべきことについて、考察とアプローチを解説したい。
2015年頃の働き方改革は、労働時間短縮・規制が主な取組みであった。具体的な効率化施策は伴わない掛け声や一斉消灯などの意識変革・制度改定に留まることも多く、現場努力の限界から、作業の積み残し、持ち帰り仕事の増加、管理職の負担増などにつながっていた。
2017年頃からはRPA導入をはじめとしたデジタル・クラウド技術の活用によって、効率化や生産性向上が進み、個々人の作業効率・負荷軽減の観点では一定の成果がみられた。
2018 年頃から金融機関は店舗削減、サービスの見直しなどをはじめとしたコスト構造改革に踏み込み、採用抑制も進められた。一方で、効率化や生産性向上により創出される人材や時間をどこにシフトするか、誰をどうリスキルするのかが課題となった。
さて、2020年はどうなるか。
働き方改革は、生産性向上からワーク・シフトへ
働き方改革によって創出された時間や人材の活用先は、目下のところ各部署内での企画・付加価値作業への時間増加と、事務部門・本社機能からフロント・営業部門へ人材シフトさせる動きが中心である。
既存ビジネスへの時間・要員数増加はROIの見込みが立ちやすい一方で、将来に向けた高度化や価値向上のためのDX 案件への投資や時間・人材のシフトは金融機関全体からするとまだ限定的な動きである。
本来デジタル化は既存ビジネスの技術的な置き換えだけに留まらず、顧客への提供価値や収益モデルの変化など、本業の本質的な変化におよぶものであり、新たな成長の柱を作り、ビジネス転換を進める必要がある。(ビジネス・シフトの必要性)
そのうえで人材は、既存の要員計画の重心移動ではなく、ビジネス・シフト後の新たなビジネス像を踏まえて、必要な人材を逆算して定義したうえで、人材ポートフォリオを算出して、リスキルと再配置を進めることが必要である。(リソース・シフトの必要性)
さらに新たなビジネスと、リスキルされた人材を活用していくには、組織の成果や仕事の進め方、一人ひとりの役割の変化、権限移譲・スピード化など、仕事の仕方や行動様式の進化を伴うことが必要である。(ワーク・シフトの必要性)
2020年の働き方改革は、新しいビジネス、人材ポートフォリオ、仕事の仕方を統合し、ワーク・シフトとして推進することで、従業員が自身や会社の将来に期待を持って、変化や成果を感じ始める段階に至ると考えている。
リスキルによる専門性の罠
ワーク・シフトの推進には、4つの課題が考えられる。「A_既存ビジネスの整理」、「B_ 付加価値業務の創出」、「C_各社にあった移行方法」、「D_専門性の罠」である。
AとBは、ビッグバン的に一度で変わるものではなく、変革サイクルを回すガバ ナンス体制、促進させるCoE*やテクノロジーチーム、可視化の仕組みを用意す る必要がある。(CoE=Center of Expertise)
Cは、各社のビジネス状況、ステークホルダー、人材を踏まえ、推進単位、準備からフォローまでのアプローチや日程を考慮し、求める人材と再配置可能な人材のスキルギャップ、需給発生タイミングのギャップ、地方・拠点のギャップなどを回避する必要がある。
さらに考慮しておかなければならないのが、Dの専門性の罠である。
リスキルの必要性はAIやロボットの理解・導入が進む中で認知度が上がり、各社の構造改革や人材施策が進むことで、社員も自身のキャリアとリスキルを意識するようになってきた。
だが、そもそも既存社員全員をリスキルできるのか、本当に必要なスキルを持てるのは誰なのかを見極める必要がある。
全員にリスキルの機会を与えても一律に求めるレベルまで育つことは難しい。デジタル人材は論理思考やコミュニケーション力などの社会人偏差値の高さによらず、資質や経験などが影響すると考えている。
デジタル化により過去の知見やデータを蓄積し、業務が高度化する一方で、人による技能や努力で結果が変わる領域は絞られ、多くの領域は担当者に関わらず一定の精度・品質が出るようになりつつある。
一方で事業やサービスが変遷してしまうほどのインパクトがある人材候補となると少数に限られる。こうした候補にリスキルや重要案件を任せるなど機会を集中投下し、周囲で補助的役割を担う人材は役割に応じたスキルに特化し育成することが効果的である。
さらにデジタル時代は学び続けることが必要になる。知識や技術のアップデートに加え、適性あるスキルを軸足に次の成長領域を探して広げ続ける必要がある。異なるスキルの人材と経験と新たな知識を掛け合わせていくことも学びとなり、チーム全体としてレアなスキル・組織になっていくのである。
専門性の罠は、機会均等を前提にせず適性ある対象者へ集中投下、一過性に終わらない人材投資・育成の継続など、これまでと違う考え方で臨まないと陥るものであり、留意が必要である。
エクスペリエンス重視の人事部へ
リスキルを進めていくと、スキルアップした従業員は他社・他業界でも通用するキャリアとなるため、転職の懸念が高まる。
既に人事制度や処遇の見直しに着手している金融機関もあるが、報酬や職位などの処遇改善は自社への失望を回避できても、外部との競争においては魅力あるやりたい仕事や面白い仕事を創るリーダーなどが重要となる。従業員のエクスペリエンス設計を考慮することが必要である。
例えば執務環境(ワークプレイス)は、在宅勤務など多様な働き方を許容するだけでなく、可視化による従業員毎の潜在ニーズを見極め、暗示的な促しや導きによって、成果や成長をもたらすエクスペリエンス向上が期待できる。
評価も公正な利益配分ルールから、個々人の志向やタイプを考慮した不安や自信を後押しするFBにより、ロイヤリティにつながる期待がもてる。
エンタープライズ・アジリティ
スキルやエクスペリエンスを高めた人材の所属先や活躍の場には、よりアジリティを高めた組織が求められる。
働き方改革により本社業務は効率化されてきたが、迅速な意思決定には執行と管理の分離、データの活用、意思決定者の集約といった組織のスリム化に取り組むことが必要である。
サステナブルな成長にはピボット・シフトによる連続した変化が必要であり、事業部トップは既存事業の代表ではなく、事業部間にわたるビジョン策定・情報把握・調整・実行のできる横断人材が執行することで、本社の意思決定に応じた機動的な変化に備えることができる。
本社は意思決定する責任者のみを残し、変革力(チェンジ・ケイパビリティ)を指標に加える。従来の経営管理を行うオペレーション機能、及びCoE(変革の実行する機能)は別組織として置く。
各事業部が柔軟に動ける制度や権限委譲、機動性を重視したカルチャーやシステム等の整備も求められる。特にKPIは結果よりプロセスを重視することで、機動性・主体性が期待できる。
小さな本社と事業部が一体となってアジリティの高い組織が整備されることで、2020年からの各金融機関の動きはさらにスピードを上げると考えている。
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