日本では労働力不足が深刻化していますが、政府が「ウーマノミクス」を打ち出してから数年経った今も、女性就業率の拡大やジェンダーギャップ(男女格差)の解消は進んでいません。しかしこうした現状を見て、女性活躍推進の取組みを失敗と判断するのは早計です。企業が具体的アクションを実践し、多様性に富む職場環境を実現すれば、女性役員・管理職の増加につながることがアクセンチュアの調査結果[1]にも示されているからです。特に金融業界は、他業界でもベストプラクティスとして活用可能な先進的取り組みを進められるポテンシャルを秘めています。
女性人材のポテンシャルと日本の現状
日本が直面する急速な人口減少と労働力不足への有効な対応法の1つは、活用可能な人材の能力を最大限引き出すことです。そして、OECDが実施した調査で読解力と数的思考力が加盟国35カ国中トップにランクされたことからもわかるように[2]、日本の女性は特にポテンシャルの高い人材と言えます。より柔軟な雇用制度を取り入れ、女性人材の潜在能力を活かせば、企業のパフォーマンスの飛躍的向上につながる可能性が高いのです。
しかし日本全体として見た場合、現在の取り組みは決して十分とは言えません。例えば、正規雇用で働く女性の割合は全体の半分以下と極めて少なく、過去10年以上横ばい状態が続いています。スキルやキャリア面での希望にかかわらず、出産後の日本人女性がパートタイムや契約社員として働くことは今も珍しくありません。
政府も女性役員・管理職の増加を目指す取り組みを進めていますが、日本における女性管理職の比率は11%程度(108カ国中96位)と極めて低いレベルにあります。こうした現状を反映し、男女間賃金格差も最大約365万円にまで広がっています。
【出展】Women in business and management: gaining momentum / International Labour Organization, 12 January 2015 (http://www.ilo.org/global/publications/books/WCMS_334882/lang–en/index.htm)
日本企業は、意識面でも改革を求められています。例えば、アクセンチュアが2万2000人以上の男女労働者を対象に昨年実施したグローバル調査では、「女性役員の数が2020年までに増加する」という記述に同意する日本人役員がわずか37%。調査対象国の中で最も低いレベルという結果が出ています。
求められる個別対応
ただし、上に紹介した日本の全体像が、あらゆる業界・企業に等しく当てはまるわけではありません。女性活躍推進の取り組みは個々の差が大きく、先進的・積極的なイニシアチブを進める業界・企業も少なからず見られます。上場企業で女性役員の割合を2020年までに10%へ拡大するという政府目標も、ビジネス界全体として考えるのではなく、各業界の実状を考慮に入れながらより細かく設定する必要があるかもしれません。例えば、比較的取り組みの進む金融業界などのサービス産業と、女性従業員の数自体が少なく、役員・管理職の候補となる人材プールが小さな製造業では異なったアプローチが求められます。中小企業についても同じことが言えるでしょう。業界や会社規模などに応じて達成可能な目標を設定すれば、より大きな効果を上げることができるはずです。
また、女性のエンパワーメントや活躍推進、役員・管理職への登用拡大には、個々の企業の努力も不可欠です。政府・業界のイニシアチブに頼るのではなく、各企業がそれぞれの状況を踏まえた上で、戦略的かつ包括的に取り組みを進める必要があるのです。近年、ダイバーシティや女性役員登用推進の一環として、女性社外取締役の雇用を進める企業が多く見られます。この取り組み自体は評価すべきものですが、社外取締役の数を増やすだけでは問題の根本的解決になりません。女性による労働参加・活躍の裾野を広げる努力と並行して進める必要があるのです。
業界単位で見ると、金融セクターでは先進的な取り組みが行われており、女性役員・管理職の登用も比較的進んでいます。例えば、日経ウーマン「女性が活躍する会社 BEST100」[3]のランキング上位には、保険会社や証券会社が常に名を連ねています。経済同友会の次期代表幹事に就任するSOMPOホールディングスの桜田謙悟氏など、職場における女性の地位向上の必要性を訴え、積極的に取り組みへ関与するビジネスリーダーも増えています。また金融業界は、(体力が重視される建設業などと比べれば)女性人材の強みを活かしやすく、女性従業員の割合も比較的多いセクターと言えるでしょう。では金融機関が欧米諸国とのギャップを埋め、役員・管理職候補として女性人材のポテンシャルを最大限活用するために、今後どのような取り組みやアプローチが求められるのでしょうか?
鍵となるステップ
アクセンチュアは、昨年実施したグローバル調査の中で企業文化を200以上の要素に分類し、ジェンダー平等や男女間賃金格差是正につながった項目を分析しました[4]。その結果、経営・組織・従業員の各レベルで40項目が重要項目として特定されています。その詳細については割愛しますが、金融機関が女性従業員を役員・管理職候補人材として育成するために留意すべきポイントは、大きく分けると3つにまとめられます。
・女性のセカンドキャリア支援に向けて、より柔軟な雇用制度・評価プログラムを導入
出産する女性従業員向けに育児休暇制度を導入するなど、より柔軟な雇用形態を導入する企業は日本でも増えています。しかし、女性のセカンドキャリア形成支援という面では、大いに改善の余地があります。出産後の職場復帰を推奨・支援する企業が増える一方、復職後のキャリアで男性従業員と同等の昇進機会(特に役員レベル)を必ずしも与えられていないからです。その大きな要因となっているのは、職場で一緒に過ごす時間の長さを重視する考え方がはびこり、過剰な残業が根強く企業文化として残っている現状です。仕事の効率やクオリティよりも、働いた時間あるいはオフィスで同僚と過ごす時間の長さが重視されることが今でも少なくないのです。出産前後に時間を短縮して働くことの多い女性従業員にとって、こうした考え方はパフォーマンス評価や昇進面で大きな足かせになりかねません。
・経営トップが取り組みを積極的に主導し、ダイバーシティ担当役員を任命する
専任チームを編成したり、人事部に担当者を任命するといった形で、ダイバーシティ・インクルージョン推進に取り組む企業が近年多く見られます。しかし重要なのは経営チームがトップダウンでイニシアチブを積極的に進め、本気度を示すことです。上述のランキングをはじめ、女性活躍推進の取り組みで高い評価を受ける企業(例えばアフラックや第一生命、SOMPOなど)では、トップリーダーが女性の労働環境改善を機会あるごとに訴え、その実現に向けたイニシアチブへ積極的に関わっています。
また、ダイバーシティ推進担当役員を任命することも重要なポイントです。昨年実施されたアクセンチュアの調査によると、ダイバーシティ担当役員がいる組織では、いない組織の4倍以上の女性役員が過去5年間で登用されています。特に日本では、両者の間に大きな差が見られます。またこの調査では、日本のファスト・トラック女性の85%がダイバーシテ[5]ィ目標を掲げる企業に勤務しており、その割合が掲げていない企業(46%)の約2倍に達することも明らかになっています。
・テクノロジーを積極的に活用しデジタルエンタープライズへの転換を推進
テクノロジー活用も、ダイバーシティ・インクルージョンの推進に重要な役割を果たします。デジタル・トランスフォーメーションを通じて業務の効率化やロケーションフリー化を進めれば、確保できる時間や場所の移動という制約を克服し、多様な人材の持つポテンシャルをより柔軟かつ効果的に活用できるからです。例えば、子育て中の女性従業員が仕事を続ける上で直面する最大の課題は、毎日同じ場所(オフィス)で長い時間拘束されるという点です。しかしインターネットが普及し、オンラインでの情報共有が容易な現代ビジネスの世界では、その場にいることなく同僚・顧客とコミュニケーション・連携を図ることも可能です。業務のデジタル化をさらに進め、アウトプットの質・効率を重視する考え方が広まれば、女性の能力をより活かしやすい環境が整っていくでしょう。テクノロジー・ソリューションは、女性の労働参加・活躍の推進役として鍵を握る存在なのです。
[1] https://www.accenture.com/jp-ja/gender-equality-research
[2] http://www.oecd.org/skills/piaac/
[3] https://www.accenture.com/jp-ja/gender-equality-research
[4]https://doors.nikkei.com/atcl/wol/column/15/031700061/050100026/
[5]5年以内に管理職に昇進するなど、いち早くキャリアを前進させている女性(調査対象者の5分の1程度)