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保険会社各社におけるトランスフォーメーションは、近年さらに激化している。対応すべき量と複雑性も増加しつつも、人的資源やコスト面の制約は常につきまとい、各社におけるトランスフォーメーション実行の難易度をさらに上げている。
しかしながら、必ずしも保険会社におけるあらゆる投資が、当初期待した通り、もしくはそれ以上の結果を生み出しているかという質問に対し、自信を持って肯定できる経営陣はそこまで多くないのではないか。
本稿では、トランスフォーメーションの成否を分かつ重要な要素のうち、経営陣のリーダーシップに着目し、ますます難易度・複雑性を増すトランスフォーメーションの成功に求められる視点を考察したい。
トランスフォーメーションの激化
保険会社各社にとってその変革は急務である。急激な外部環境の変化に対応するための戦略検討と、その実行のためのケイパビリティ強化が求められており、複数のテーマに対してトランスフォーメーションが並行している。
各社のトランスフォーメーションにおける、過去と現在の特性の変化を簡易的に比較してみたい(図表1)。従来は、主要なライフイベントでの保険加入が主軸であった。安定したリスクを前提とした代表的商品が全国に張り巡らされたチャネル網にて販売され、保険会社の収益の源泉だったと言えるだろう。デジタルは競争優位性確保の手段であり、おおよそ数年単位での大きな変化をふまえ、各社は様々な分野でトランスフォーメーションを遂行してきた。
しかし現在では、そもそも保険活用のシーンや顧客体験が変容している。保険会社には物理的データを活用したリスクボラティリティの低減が求められ、リモートを前提としたチャネル網の再構築、積極的な他企業とのアライアンス・プラットフォームの活用も重要性を増している。新興テクノロジーの採用により新たなビジネスモデルを創出し、数か月単位で訪れる目まぐるしい変化のスピードをとらえた組織経営が、ますます重要度を増している。
このように、各社におけるトランスフォーメーションは、量、複雑性の両方が増加していることは明白である。しかし、当然ながら各社の人的資源・コストには限りがある。各社員の負荷が強まり、一部の社員が複数の案件や役割を掛け持つといった状況も珍しくないだろう。複数部門を横断した連携・協働が求められたり、様々な外部パートナーの活用度が高まったりと、これまでと比して統率が容易ではない側面もある。
トランスフォーメーションの成功要素
このような状況下で、目指す姿を確実に実現するためには、今まで以上に経営陣による強靭なリーダーシップに焦点を当てたトランスフォーメーションが必要ではないか。
従来のトランスフォーメーションでは、1つのプロジェクトの実行など、経営陣の関与は限定的、受動的であっても、現場主導で成功可能な規模も多かったであろう。しかしトランスフォーメーションが複雑化、難易度を増した現在では、ビジョンやメッセ―ジの統一、全社間調整のための旗振りなど、経営陣が果たすべき役割は大きくなっている。
取組みの成功に向けて
それでは、リーダーシップがトランスフォーメーションのさらなる成功に貢献する要素となるために、コンサルティング業界に十数年身を置いてきた筆者の経験もふまえながら、何が求められるのか考察したい。
ストーリーテリング
過去に挑戦したことがない事象、前例のない目標などが目の前に現れた際、すんなりと受け入れ賛同できる可能性は、決して高いとは言い難いのではないか。この際有効となる手段のひとつは、ストーリーを使って相手の行動変容を促すことである。
客観的事実はどの角度から見てもあくまで事実であるが、事実という材料を用い、相手の立場や状況をふまえながら行動を促すストーリーを組立てられるか、そして、目指すべき方向を、各企業の歴史や風土に立脚しつつ(もしくはあえてせず)、さらに話し手個人の影響力や人格といった定性的な要素を使いこなせるかといった、単純な論理性のみでは語り尽くせない瞬間の創出が意味を持ってくる(図表2)。
筆者がこれまで出会うことのできた優れたリーダー陣は、もれなくこのストーリーテリングに長けていた。決して単なる「話の巧みさ」を指しているのではない。企業・組織が目指すべき方向、ビジョンを明確にしながらも、個人として真のパッションを持ち、各自の立場を敬い続けることで、聴き手にとって説得力・納得感のあるストーリーを創出し、実際に現場のアクションにつなげている。組織をどう変革させたいか常に強く考え続けているリーダー陣が発する言葉が、自然と、行動変容を促すストーリーテリングに直結している。
心理的安全性の確保
トランスフォーメーションの量と複雑性が増す中で、従来であれば1つの部やチームの中で、1人の上司に報告・相談すれば良かったところ、案件によってはタスクフォースが編成され、レポーティングラインが複雑化し、指針や心の拠り所を見失いがちになる可能性もあると言える。また、今はオンラインでのやり取りが主軸となっている保険会社も多く、もちろんその利点も計り知れないものの、わずかな心の機微が汲み取りづらい、いわゆる「場の空気」が分からず各自が何を考えているか把握しづらいといった経験をお持ちの方も多い。
このような状況下で、各メンバー間の業務上の関係性が成熟しきっておらず、各自が持つ本来のパフォーマンスが発揮できない、協業が促進されない事態は避ける必要があろう。ここで意味を持つのが「心理的安全性(PhycologicalSafety)」の確保である。
筆者の経験では、優れたリーダーほど、この心理的安全性を大切にしている。日常の些細なコミュニケーションを怠らない、ネガティブな報告や意見を積極的に求めることはもちろん、報告が受けられることに感謝を示すといった具合である。リーダー陣がトランスフォーメーションの現場から距離があるほど、本来貴重であるネガティブ要素を含む情報を即座に得ることは難しくなり、その放置により問題が大きくなりかねないことを理解しているからであろう。現場が肌で感じる意見を即時に収集する、その手段を構築できている経営陣のリーダーシップスタイルは、強固なものとなる。
経営陣によるコミットメント
前述のとおり不確実性の中で意思決定を下すには、当然ながら、複数のデータ・予測に基づいた定量的、客観的判断の重要性が増す。多くのシナリオから最適な道筋を選択するには、データを用いて、あらゆるパターンの推計を行ったうえで、その蓋然性を多角的に確かめるべきことに疑いの余地はない。
一方で、不確実であるがゆえ、いくら現時点の推計において定量的に正しいアプローチであっても、なかなか意思決定できないという局面も出てくる。例えば、保険会社が典型的な保険事業の拡張ではなく、新規ビジネスへの参入を検討する場合、たとえ根拠が示されたとしても、未知の領域であるがゆえに容易には意思決定しかねるケースもあるだろう。しかし、失敗の恐れを払拭しきれず、意思決定のみに時間を要してしまい、変革の機運を逃してしまうという状況だけは避けるべきではないか。
筆者の経験上、このような場面で強いコミットメントを見せるリーダーこそ、トランスフォーメーションを成功に導いてきたと思う。現場も不安であるが、自身が責任を取ると言い切り背中を押すリーダーは、トランスフォーメーション推進の強い礎となり、現場の推進力を生み出す。画一的な物差しとしての定量データを基に、経験や勘、何より「こうあるべきだ」という強い思い、コミットメントを周囲に示し、まるで定量的な情報に色彩を彩るかのように明度を高め、経営陣を含むあらゆるメンバーの方向を統一するケースも見られた。優れたリーダー陣ほど、この能力に優れている。
最後に
保険会社が、よりその社会的意義を強め、顧客にとって価値ある存在となるために、今後もあらゆるトランスフォーメーションを成功させることが必須である。成功の秘訣には、経営陣のリーダーシップが大きく作用することは間違いない。今後も弊社としては、保険会社クライアント各社の課題を本質的に捉え、価値あるトランスフォーメーションを支援していきたい。
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