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テクノロジーの発展やパンデミック等、人々を取り巻く環境の大きな変化は顧客の価値観を変えつつある。
また、異業種プレイヤーの台頭により、顧客の奪い合いは一層激しくなっている。
一方、伝統的な金融機関が顧客に提供している価値はこれまでと大きく変わっていないが、これまで同様のスタンスで良いのだろうか。
Accenture Songでは顧客接点全体を「カスタマーフロント」と捉え、カスタマーフロントの改革による顧客への価値提供の刷新を提唱している。
本稿では、カスタマーフロント改革の必要性を考察しつつ、改革に向けた要諦を解説する。
1.カスタマーフロントとは何か
これまでの金融機関においては、HPやアプリ、代理店、コンタクトセンター(以下CC)等の各顧客接点は分断されており、顧客接点単位でシーンに応じた改革が行われていた。しかし、各顧客接点の最適解が顧客にとっての最適解とはなっていないケースがしばしば見受けられた。顧客や企業を取り巻く環境変化を考慮すると、顧客接点単位ではなく、顧客接点全体を横断で考える”カスタマーフロント”として改革単位を捉え直す必要がある。
2.なぜ今カスタマーフロントとして改革を考えるべきなのか
➀顧客の変化
テクノロジーの発展やパンデミック、格差の拡大等により、画一的な人生設計が重視されず、学校を出て就職し、結婚して家族や家を持つといった”人生における成功”を含むライフイベントの価値が見直されつつある。その結果、子どもを持つタイミングの多様化や、住宅価格の上昇によりマイホームを諦めて共同生活を選ぶ人が増えているなど、価値観の変化によってニーズや欲求が多様化・複雑化している。前述の例では、従来実施していたセグメンテーションのような、年齢や職歴等の属性に応じた自宅購入や住宅ローン等の広告・情報提供が刺さらなくなる可能性がある。そのためデジタルやAIを活用し、一人一人個別にパーソナライズしたアプローチが重要となってくる。
但し、パーソナライズドアプローチは、カスタマーフロント全体で設計し、一貫した顧客体験を提供することが重要であり、顧客接点単位での議論では、顧客が企業から十分に理解されていないと感じてしまうリスクが高いため検討には注意が必要である。
➁環境変化に伴うターゲット層の変化
これまでの低金利下においては、マス層の収益拡大が難しく金融機関は戦略的に富裕層開拓を進めてきた。しかし、足元では20年超ぶりに金利上昇局面を迎え、マス層に様々な価値提供できる環境が整いつつあるため、金融機関は改めてマス向けアプローチを再考すべき時機を迎えたと考える。
そうした中、前述の顧客変化を考慮すると、いかに顧客が望む体験を提供できるかが重要であり、単に商品・サービスを売ることから脱却する必要がある。
具体例として、サンリオは、VR空間にバーチャルテーマパークを作り、ファン・サンリオキャラクター・Vtuber等が交流できる場を立ち上げた。これは単なる商品・サービス売りに閉じるのではなく、場に参加する人の様々なニーズに応える体験やコンテンツを提供する“コミュニティ”を作り上げたと言える。その結果、約400万人がコミュニティに参加し、リーチする顧客も一気に増やすことが出来た。
➂異業種プレイヤーの台頭
楽天やAmazon等エコシステムを構築しているプラットフォーマーも金融に参入し、2021年には野村證券を抜いて楽天証券が証券口座数で最大となる等確実に顧客基盤を拡大している。伝統的な金融機関だけを競合とした戦い方ではもはや生き残れなくなる可能性が高い。プラットフォーマーは、金融・非金融のあらゆる顧客接点で取得したデータを基に顧客理解を深め、どの顧客接点においても一貫した顧客体験を提供し成長を実現している。
金融機関は、他業種と比べると顧客との接触回数が限られることが多く、いかにカスタマーフロント全体で接点を増やしデータ収集するかも重要となる。
3.先進企業に学ぶカスタマーフロント改革
レガシー企業であるサウジアラビア航空は、COVID-19の影響による世界的な旅行やビジネス利用の減少を受け、競合同様に売上が大きく減少し、コストが高止まりしていた。
この危機に対して、単純な売上増やコスト削減策ではなく、企業体質そのものを変えるため、顧客ロイヤリティを測る指標の一つであるNPSを最重要経営指標として設定した。
NPS向上にいかに寄与するかという観点でカスタマーフロント全体を見直し、以下をはじめとする顧客体験の抜本的な刷新を行い、経営を立て直した。
•買い物や空港からの移動手段予約等、アプリでの提供価値を拡充
•顧客データに基づく旅行提案等、バーチャルアシスタントによるプロアクティブなパーソナライズドアプローチ
•CCを活用したインサイドセールスによるアップセル・クロスセルの促進
•デジタル化と外部委託を活用した抜本的なコスト削減
本事例のポイントは”顧客から収益をどれだけ得られるか”だけでなく、”顧客にどれだけ価値を提供できているか”にも軸足を置いた戦略を策定し、実行した点にあると言える。
4.カスタマーフロント改革で押さえるべきポイント
➀LTV×cLTV
従来の”顧客の自社製品・サービス利用を通じてどれだけ利益を得たか”というLTVの発想だけでは顧客を惹きつけられない。なぜなら、顧客の価値観の多様化に加え、前述の通り様々な競合プレイヤーが業界参入してきており、顧客に選択されるハードルが上がっているからである。
この状況では、自社が顧客にとってどれだけ価値があると思ってもらえるか、つまり、”顧客が自社の製品・サービス利用を通じてどれだけの価値を体感したか(=cLTV)”という考え方が重要になってくる。(図表1)
➁カスタマーフロントの各領域における改革の要諦
LTV、cLTVに基づき改革方針を設計した上で、各領域でどのような具体の改革を行うべきか考察したい。
マーケティングにおいては、顧客データをデジタルで蓄積し、一人一人の顧客クラスタやデモグラ、オケージョン(起床、休憩、食事後等のシーン)によってコンテンツや情報を出し分ける等、パーソナライズすることが重要となる。
同様にセールスにおいても、データに基づくパーソナライズドされた提案内容を、デジタルとヒトの最適なアプローチで顧客の体験価値を最大化していくことが求められる。
ポストセールスは、単なる事後処理に留まらず円滑なオペレーションで顧客満足度を上げつつ、次の接触機会創出に向けたデータ収集等、セールスの一貫としての位置付を目指すべき。
カスタマーケアでは、CCが担う定型照会をデジタルにより自動化や顧客によるセルフ化を実現。そこで創出したオペレーター余力を活用しインサイドセールスチームとしてアップセル・クロスセルを仕掛けることが求められる。
また、各領域の改革を実現するために必要となる顧客・従業員の体験やデータ/インフラの在り方等を設計していくことも重要となる。
5.改革実現を阻む最大のチャレンジ
実際にカスタマーフロント改革を実現するには、以下に記載するようなチャレンジが存在する。こうしたチャレンジを乗り越え改革を実現するには、経営レベルのコミットが必要となり、将来の生き残りをかけて早期に着手できるか、岐路に立たされていると言える。
•従来の成功モデルに手を入れ顧客視点の便益を取りに行く覚悟が持てるか
•リターンが曖昧な中で、マザービジネスに手を入れる大きな投資判断ができるか
•レガシー(既存組織・業務など)との摩擦を恐れず改革を推進する主体を立ち上げられるか
6.結び
ここまでカスタマーフロント改革の必要性や、改革の要諦を考察してきた。顧客や経済、競合の変化を受け、金融機関は改革に着手するかを問われるフェーズにきていると考える。まずは自社がどこまでできているのか、どの部分から改革すべきかを明らかにし、改革を検討される際の参考にしていただければ幸甚である。(図表2)
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