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前回に引き続き、本稿は同じ逆風下にあっても成長を続ける欧州の主要グローバル保険会社に焦点を当てつつ、日本の損害保険の視点からレジリエンシー(強靭性)の要素について考察します。前回の記事では、強靭性の要素として、その1:多様性のあるマーケットポートフォーリオ、その2:高い重要業績評価指標(KPI)を維持するための成長イニシアティブの実施について、収益性を中心として考察しました。今回は非財務の視点も入れていきたいと思います。

その3:透明性と説明責任を果たして信頼を構築

現代社会において、ステークホルダーに対する透明性と説明責任を果たし、信頼を構築することは、企業の持続的な成功と発展に不可欠な要素となっています。さらにポストコロナ期の現在は、世界中で環境が大きく変化しており、将来に対する不確実性が増加しています。このような状況下では、企業がステークホルダーに対して、強靭性を有している又は構築できることを効果的に示すことがますます重要となっています。

欧州のレジリエントな保険会社は、ステークホルダーに向けて、会社の戦略的な目標や目的と一致するように意図的に構成、デザインされた戦略的な報告を行っています。このような報告は、会社の戦略や目標、KPI、財務業績、将来の見通し等を明確かつ簡潔に伝え、透明性と説明責任を果たし、ステークホルダーとの信頼構築を目指しています。

その一例として、欧州のレジリエントな保険会社は、株主や投資家などのステークホルダーを対象に、各国・地域(マーケット)のKPI(例:収入保険料・コンバインドレシオ・損害率・事業費率)を一律に開示し、各マーケットにおける進捗状況を適時示すことで、透明性を高めています。さらに、グループの業績に影響を与えた外的又は内的要因を、マーケットや商品ライン別に分析し、会社の戦略・目標に沿った施策の実施状況等とともに、わかりやすく簡潔に説明、情報開示を行うことで、ステークホルダーとの信頼構築に努めています。

またこうした戦略的な報告は、グループ全体から各マーケットに至るまで、業績や施策を包括的かつ一貫性をもって概観、説明することを通じて、会社の内部統制すなわちコーポレートガバナンスが整備されていることも効果的に示しています。欧州のレジリエントな保険会社の中には、少なくとも10年前から包括的なKPIの開示を積極的に行っている会社や、近年トップの交代と共に開示内容を拡大し、透明性を向上させた会社の事例もあります。

一方、近年日本国内でも、グループ全体におけるコーポレートガバナンスとリスク管理への期待が高まっています。日本の金融庁は、日本の保険会社がグローバルに事業を展開するにあたり、個社だけでなくグループ全体としての経営管理態勢やリスク管理態勢を強化し、さらにグループガバナンスを高度化する必要があるとし、各国の監督当局と協力して実効的なモニタリングを行う必要があるとの見解を示しています[i]。具体的には、保険監督者国際機構(IAIS)において、国際的に活動する保険グループの監督枠組み等のためのグローバルな枠組みが採択されたことを受け、日本でも2020年12月に保険会社向けの総合的な監督指針が改正され、保険グループの規模・特性に応じたグループ監督の枠組みが新設されています[ii]。

また、東京証券取引所に上場している会社の場合は、適切な情報開示と透明性の確保を含む「コーポレートガバナンス・コード」(2015年開始)の実践を求められており、財務情報ならびにリスクやガバナンスに係る非財務情報にも主体的に取り組むべきとされています[iii]。

その上で、一般的に日本の保険会社がステークホルダー向けに行っている報告は、主に国内事業のKPIや財務業績、施策を対象として概説し、国内の規制要件や行動指針の遵守も示しています。一方、国際保険事業に関しては、グループ全体又は主要なマーケットについての説明に留まりがちであり、各海外マーケットの開示情報にはばらつきが見られます。このためグループ全体で、本社(日本)の戦略的な目標や目的と一致する施策を実施しているのか、あるいは異なる戦略を意図的にとっているのか、そして今後の見通し等についても「全体像」が見えづらいと言えます。そのため、本社によるグループ全体の企業経営管理が行き届いていることを簡潔かつ明確に示すことができかねていることが指摘されます。

透明性を示し、グループ全体に関する説明責任を果たすことができるグローバルな保険会社は、さらに健全なガバナンスとリーダーシップ、そして強靭性を示すことで、ステークホルダーからの信頼が寄せられることは自明といえるでしょう。このように欧州のレジリエントな保険会社は、戦略的な報告を手段として、効果的にステークホルダーとの信頼を築いています。最近、日本の保険会社の中には、国際事業のガバナンスを担当する役員を新たに任命した事例もあり、グローバルに事業展開する上で、コーポレートガバナンスへの関心の高さを示しています。ステークホルダーに対する戦略的な報告については、程度の違いはあるものの、さらなる改善の余地はありそうです。

次に、欧州のレジリエントな保険会社が顧客の継続意向・忠誠度を知るための指標を活用して、さらなる成長につなげている点についても考察します。

その4:顧客体験の向上を経営目標として重視

欧州の主要なグローバル保険会社では、顧客本位(Customer-centric)を経営の中心に据えており、会社の成長と顧客ロイヤルティの関連性についても示唆しています。あるグローバル保険会社の事例では、従前から年に一度の意識調査に基づき、顧客の継続意向・忠誠度を知るための指標とされる顧客ロイヤルティを測定していましたが、近年はさらにデジタル調査に切り替えたことで、季節に関わらず、常時測定することができるようになりました。さらにデジタルで「お客様の声」を聴取することにより、顧客のニーズの変化を、迅速に把握することができる態勢もとっています。こうした調査の結果を、商品・サービス・コミュニケーション等の向上だけでなく、グローバル規模で一貫した顧客体験を提供することにも活かしています。これらの取り組みは、顧客満足度や企業の信頼性、さらにはブランド価値を上げ、最終的には顧客数の増加と収益性の向上につながると考えている会社もあります。

日本の保険業界では、顧客本位への取り組みとして、主に保険の新規契約、保険金支払い、事務手続きといった顧客との接点において、顧客満足度を調査することが一般的で、その他にも、定期的なアンケート調査等により、顧客の満足度や要望、改善点などを含む「お客様の声」も把握し、サービスの品質向上に努めています。また、2017年3月に金融庁が「顧客本位の業務運営に関する原則」[iv]。を公表したことを受けて、保険会社は同原則に関する各社の方針を掲げています。

その一方で、アクセンチュアが実施したグローバル消費者意識調査2021(世界22か国における25,444人・14業種を対象とした調査、うち日本の損害保険の消費者100人)によると、自分の保険会社の対応が期待に添わなかった場合、日本の消費者の5人に1人(19%)が「批判的な助言を友人又は家族に共有する」と回答しています。また、今回アクセンチュアのグローバル保険消費者調査2023(世界33か国における49,000人を対象とした調査、うち日本の生損保の消費者2,000人)によると、「自分の保険会社を友人または同僚にお勧めしますか?」という質問に対して、「推奨する」と回答した消費者は、グローバル(平均)で42%に対し、日本(平均)ではわずか17%でした。他方で、「推奨しない」と回答した消費者は、グローバル(平均)で19%、対する日本(平均)は52%でした。以上から、日本の消費者はグローバルの消費者と比べても、「批判的」で、顧客ロイヤルティが「低い」[v]。傾向があると推察されます。

日本の保険業界では、従来から各社独自の指標で顧客満足度を調査していますが、一部の外資系保険会社では、概ね2010年代後半から顧客のロイヤルティを測定しています。日本の保険業界でも、比較的早い段階から顧客の忠誠度を注視し、顧客が求めていることを把握し、迅速に取り組んできた保険会社は、今回の当社の保険消費者調査における顧客ロイヤルティの分野において、上位の結果を出したことは単なる偶然ではないでしょう。

結び:

以上、2回にわたり、成長を続ける欧州の主要グローバル保険会社に焦点を当てながら、日本の損害保険の視点からレジリエンシー(強靭性)の要素について考察してきました。強靭性を持つグローバルな保険会社は、多様性のある地理的マーケットポートフォリオでリスク分散するだけでなく、戦略的なM&Aを通じて、健全なポートフォーリオの拡大と維持に努めています。また、高いKPIを維持するための成長イニシアチブを積極的に実施し、ステークホルダーに向けて戦略的な報告を行うことで、透明性と説明責任を果たすとともに信用も構築しています。最後に、顧客体験の向上を経営目標として重視しており、その目標達成の進捗を測るための指標として顧客ロイヤルティやデジタル技術を活用している事例にも触れました。

これらの要素は、保険会社の強靭性を構成する一部の要素であり、排他的なものではなく包括的なものであることに留意しつつ、不確実性が増した今日のグローバル社会において、日本の保険会社が、持続的な成長を実現するために、重要な示唆を与えています。

[i]2021年保険モニタリングレポート(金融庁)
[ii]2020 年12月「保険会社向けの総合的な監督指針」の改正により「VIIグループベースでの監督等」新設。ただし、株主や投資家といったステークホルダーに向けた情報開示には言及なし。
[iii]コーポレート・ガバナンス(東京証券取引所)
[iv] 顧客本位の業務運営に関する原則(金融庁)
[v] 「自分の保険会社を友人または同僚にお勧めしますか?」という質問に対する回答から、推奨する人の割合から推奨しない人の割合を引いた値