Financial Services Blog    

世界保健機関(WHO)は2023年5月5日、新型コロナウイルスに関し「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言を終了すると発表しました。ポストコロナ期の世界は、ロシアによるウクライナ侵攻により地政学的緊張が高まるとともに、エネルギー価格の高騰、サプライチェーンの混乱・途絶、インフレの上昇等、マクロ経済を取り巻く環境が大きく変化しました。このような状況下で、損害保険業界は今新たな成長リスクに直面しています。金融庁の調査[i]によると、日本の主要損害保険会社の2022年度3月期決算(連結)では、正味収入保険料は対前年度比+12.7%となりましたが、親会社株主に帰属する当期純利益(以下、純利益)は対前年度比-30.7%と増収減益となりました。そこで本稿では、同じ逆風下にあっても成長を続ける欧州の主要グローバル保険会社に焦点を当て、日本の損害保険の視点からレジリエンシー(強靭性)の要素について考察します。

導出された考察

その1:多様性のある地理的マーケットポートフォリオ

当社の調査によると、日本の主要保険会社(平均)で、2012年当時の地理的マーケットポートフォリオ(税引後の純利益額)は、国内が約4分の3(72.8%)に対して、国際マーケットは約4分の1(27.2%)ありました。その後の10年間で、国内マーケットは各年成長率+9.1%、国際マーケットは各年成長率+13.1%の各年成長率で拡大し、2022年度の国際マーケットの比率は7.8ポイント上昇して、約3分の1(35.0%)になりました。

欧州の主要保険会社は、早期からマーケットの国際化を進めており、今回調査の対象となった一部の保険会社(平均)では、地理的マーケットポートフォリオ(税引前の利益額)は、2012年時点で既に国内マーケットが約4分の1(26.5%)に対して、国際マーケットは約4分の3(73.5%)ありました。その後の10年間で、これらの保険会社(平均)は国際マーケットを各年成長率+15.4%、国内マーケットはわずかに低い+14.2%の各年成長率で、国内外ともに堅調な成長を続けた結果、2022年度の国際マーケットの構成比は75.4%へと微増(+1.9ポイント)していることがわかりました。一般的に、ポートフォリオが特定の国に一極集中している保険会社は、主要マーケットにおける業績が不振だった場合、グループ全体における負の影響が大きいため、脆弱性が懸念されます。

一方、日本の保険業界では、以前金融サービスブログの記事[ii]で示したとおり、損害保険の普及率(対GDP比)は四半世紀にわたり約2%の横ばいであり、各保険会社は互いのマーケットシェアを奪い合いつつ、国内外で新たなビジネスの境地を模索しています。また日本の損害保険ビジネスは、元々自然災害を主な要因としてボラティリティが高い上に、近年は自然災害が頻発化・激甚化しているという特徴があります。

そこで従前より海外で新たな保険ビジネスの展開を進め、多様な国際マーケットから安定した収益(ボトムライン)を確保できている日本の保険会社は、現在の世界的な不確実性の増大に対して、欧州のレジリエントな保険会社には及ばないものの、一定の強靭性を示しています。

当社の調査によると、日本の主要保険会社(平均)で、2012年当時の地理的マーケットポートフォリオ(税引後の純利益額)は、国内が約4分の3(72.8%)に対して、国際マーケットは約4分の1(27.2%)ありました。その後の10年間で、国内マーケットは各年成長率+9.1%、国際マーケットは各年成長率+13.1%の各年成長率で拡大し、2022年度の国際マーケットの比率は7.8ポイント上昇して、約3分の1(35.0%)になりました。

2022年度の日本の損害保険業界は、国内の自然災害(台風・雹災・雪災)、(新型コロナウイルスによる外出自粛からの正常化に伴う)自動車事故の損害率の上昇、修理費単価の上昇等により、いずれの主要な保険会社の国内純利益は前年比でマイナス成長になりました。しかしその中でも、グループ全体でレジリエンスを見せたのは、国際マーケットの構成比が全体平均(約3分の1)よりも高く、国際マーケットからの利益が国内マーケットにおける減益を一部補うことができた保険会社でした。これらのデータは、国際保険事業が、今や国内損保事業のボラティリティを支えるグループの重要な要素となっていることを示唆しています。

(戦略的M&A)
このように、国内外に分散した多様性のある地理的マーケットポートフォリオを持つことは、レジリエントなグローバル保険会社の基盤にあると考えられます。さらに強靭性の高い保険グループは、戦略的なM&Aを通じて新たなマーケットを獲得するだけなく、収益性の低い事業については見直し、再建ないし売却する決断も行うことにより、常に健全な地理的マーケットポートフォリオの維持に努めています。

その2:高い重要指標(KPI)を維持するための成長イニシアチブ実施

(インフレ対策)
Swiss-reの報告書(以下、Swiss-re[iii]によると、ウクライナ侵攻による損害保険業界への影響は、保険金請求金額のインフレとして既に現れているとしています。具体的には、火災保険での再建設費単価の上昇、自動車保険での修理費単価の上昇等により、保険金の請求金額が増加しています。この問題に対して、世界の保険会社は、進行中のインフレと並行して、損害保険の料率を強化(引き上げ)しています。 Swiss-reによると、北米と欧州を中心として、保険料率の強化が進んでいったことから、2022年の損害保険料(トップライン)の名目成長率は米国+8.5%、カナダ+7.0%、ドイツ+3.9%、イギリス+6.5%、フランス+5.5%、イタリア+6.4%に上りました。レジリエントなグローバル保険会社は、世界的な景気減速とインフレの圧力の下でもKPIを維持するため、保険料率の強化、とりわけ企業分野の保険において10%以上の料率引き上げ、を実施して、その他の施策とともに収益性を確保できるように努めています。その結果、当社調べでは、欧州の主要保険会社の2022年度収益率(税引前利益÷収入保険料)は前年度とほぼ変わらない11%(平均)に維持されています。

一方、日本の損害保険業界では、契約者の利益を保護するために「高すぎず」、保険会社の担保力を確保するために「低すぎず」、契約者間の公平を確保するために「不当に差別的であってはならない」という3つの原則に基づき、各保険会社が独自に保険料を算出しています(自賠責保険・地震保険を除く)[iv]。損害保険料率算出機構では、国民生活に密着した保険商品(自動車・火災・傷害保険等)の参考となる純保険料率[v](参考純率)を算出しており、会員保険会社は同機構から提供される参考純率を用いることもできます。なお最近の事例では、自然災害リスクの増加が背景となり、2021年6月に火災保険の参考純率が改定された後、複数の損害保険会社が2022年10月以降の契約について火災保険の料率・商品改定を行いました。この改定前に契約が増加したことが2022年度の国内損害保険料収入の増加にもつながりました。

一方で、多様性のあるマーケットポートフォリオを持つグループ会社は、日本国外のマーケットにおいてプロアクティブなインフレ対策を迅速に実施しており、とりわけ企業分野の保険においては6~9%程度の料率引き上げにより、損害保険料の増収、ならびに利益の確保に努めています。当社調べによると、2022年度の日本の主要な保険会社グループの収益率は前年度より平均2.5ポイントの減少となっています。

海外と比較して時間を要するものの、日本国内でもインフレによる影響を反映した保険料率が今後適用されることで、保険会社の国内の収益性が改善することが見込まれます。2023年5月、国内の一部の保険会社は、修理費単価や工賃の上昇等インフレによる影響を背景に、本年度内に自動車保険の料率を改定する予定を公表しています。さらに2023年6月、損害保険料率算出機構は近年の修理費の高騰を背景の一つとした、自然災害などによる保険金支払いの増加とリスク環境を踏まえた対応として、住宅総合保険(火災保険)の参考純率を改定(引き上げ)しました[vi]

(収益率を上げるための施策事例)
Swiss-reによると、2022年の損害保険会社のコンバインド・レシオ世界平均は99%であった一方で、当社が調査した欧州の主要保険会社の平均コンバインド・レシオは95%未満でした。そこで自動車の保険金請求金額が膨れ上がっている欧州から施策の一事例をご紹介します。

ある保険会社では、サプライチェーンの混乱・途絶が起こる以前から、リサイクル会社と協力して、自動車修理業者が中古の自動車部品を容易に調達することができるデジタルプラットフォームを開発していました。これにより現在は、自動車部品の調達費用を抑える効果だけでなく、新規部品の調達に要する時間の長期化に伴う保険会社の費用(例:修理期間中の代車サービス)を抑える対策として、時間短縮の効果が期待されています。このような安全性に支障の出ない部分の自動車修理において、より低廉な価格で迅速に修理を行うことを可能にするサステイナブルな仕組みの実用化が進められています。

以上のように、レジリエントな欧州のグローバル保険会社は、多様性のある地理的マーケットポートフォリオの拡大と健全性に加え、インフレの上昇と並行して保険料率の適正化を行い、費用削減にも積極的に取り組むことで、グループ全体として好収益を確保しています。

次回の記事で引き続きレジリエントな保険会社が有する要素とは何かを考察します。

[i]出典:金融庁主要損害保険会社の令和5年3月期決算の概要
[ii]金融サービスブログ: 【第1回】成長リスクに直面する日本の保険業界?:トレンドの変化とトランスフォーメーション | 金融サービスブログ (accenture.com)
[iii]出典:Swiss Re Institute: World insurance series
[iv]「自賠責保険」と「地震保険」は、損害保険料率算出団体に関する法律に基づき、損害保険料率算出機構 が算定した料率(基準料率)を各保険会社が使用。出典:日本損害保険協会
[v]保険料率は純保険料率と付加保険料率に分けられる。純保険料率は保険事故が発生したときに保険会社が支払う保険金に充てられる部分に対し、付加保険料率は保険会社が保険事業を行うために必要な経費等に充てられる部分となる。出典:損害保険料率算出機構
[vi] 損害保険料率算出機構