第19回 金融ウェビナー
~Vol.1 金融機関に求められる新たなビジネスデザイン

今ビジネスの世界では、デザインの重要性に対する認識が急速に高まっています。デザインという言葉を耳にして、高級ブランド品や企業ロゴを想像し、自社のビジネスとは無縁なものと感じる方もいるかもしれません。しかし一般的にイメージされやすいプロダクトデザインやグラフィックデザインは、あくまでも1つの側面に過ぎません。エクスペリエンス(経験)のデザインやエコシステム・デザインなど、人間の体験や大きな活動の仕組みを創造するデザインは、今後の経営戦略に大きな影響を及ぼす考え方です。国内金融機関は今、こうした考え方を積極的に取り入れていく必要性に迫られているのです。

その主要因の1つとなっているのは、日本の金融業界が直面するパラダイムシフト、つまり企業価値の定義に生じつつある大きな変化です。1990年代まで、企業の価値は財務価値とほぼ同義であり、多くの企業は自社の財務価値を高めることに注力しながら、競争戦略を練り上げてきました。しかしデジタル革命の進展により、こうしたアプローチは過去のものとなりつつあります。今企業に求められているのは、既存の企業とは異なる新しい体験を提供することで、顧客や社会の課題を革新的に解決できるのかということであり、“期待価値”が重要な基準に変わりつつあるのです。

この価値観の変化は、下の図に顕著に表れています。横軸に各企業の純利益、縦軸に時価総額(企業価値)、両者を割った値を円で表現しています。利益率では日本の大手金融機関とGAFAと呼ばれるデジタル先進企業は大きく変わりませんが、GAFAの企業価値は日本の大手金融機関の数十倍に達しています。この違いは期待価値によるものです。GAFAほどの差ではありませんが、海外金融機関との比較でも同様の傾向が見て取れます。すなわち、既存市場のシェアを奪うのではなく、顧客に新たな体験を提供することで、次の市場を創造することへの期待値を高め、ひいては企業価値そのものを向上させることが、日本の金融機関に求められているのです。

もう1つの重要な要因となっているのは、将来的なビジネス動向の予測がますます難しくなっていることです。これまで多くの企業は、機能やコスト効率を徹底的に磨き上げて商品・サービスの価値を高め、競争力強化につなげるという考え方でビジネスを進めてきました。しかしこうしたアプローチが通用する時代は終わりを迎えつつあります。この流れを象徴するのが携帯電話市場です。2010年時点で96%のシェアを誇り、様々な企業が機能の洗練化を競った携帯電話(いわゆるガラケー)ですが、わずか5年間で市場の半分以上をスマートフォンに奪われ、現在は全体の16%程度までシェアが縮小しています。また顧客獲得にかかる時間も加速度的に短くなっています。例えば自動車は5000万ユーザーを獲得するのに62年、コンピュータでは14年という時間を要しましたが、Twitterは2年、Pokemon GOに至ってはわずか19日で実現しています[1]。既存の価値観をベースに市場動向を予測するのが難しいだけでなく、これまでと同じアプローチ・スピード感でビジネスを展開しても成長は期待できなくなっているのです。

高まる顧客価値の重要性

こうした流れの背景の1つとなっているのは、消費者が持つ嗜好・価値観の多様化に伴う顧客体験の重要性の高まりです。これまで多くの企業は、既存のビジネス体制や組織の論理を重視するあまり、顧客にどういう体験を提供するのかという視点を十分考慮に入れずに商品・サービスを提供しがちでした。例えば新事業を立ち上げる場合、車・ホテル・食品など既に存在する業界の区分けに沿って、移動する・泊まる・食べるといった既存の顧客ニーズや事業を起点に商品・サービスを開発してきたのです。しかしより注意深く観察すると、消費者が実際に商品を購買する動機は実に様々です。“ホテルに泊まる”という行為をとってみても、その裏側には“体を休める”・“非日常感を味わう”・“頑張った自分にご褒美を与える”といった多様なニーズが潜んでいます(下図参照)。この点では金融業界も決して例外ではありません。新たなビジネスの世界では、顧客それぞれが持つこうしたニーズ・価値を理解して細やかに拾い上げ、潜在的なニーズ・価値を顕在化させることができる商品・サービスを作り上げることが不可欠なのです。

Wise Pivotと新規事業創出に向けた鍵

こうした市場環境の変化の下、日本の金融機関が成長につながる新たなビジネスデザインを創造し、企業価値を高めるためには何をすべきなのでしょうか?その鍵を握るのが、Wise Pivotです。Wise Pivotを実現する為には、3つのSTEPを踏む必要があります。1つ目は、既存ビジネスの再構築と利益最大化を進めながら徹底的に無駄を排除し、顧客獲得・リテンションを実現すること(TRANSFORM & GROW the CORE)。2つ目は、その取り組みによって生まれた利益を原資として新規事業の創出・スケール拡大とエコシステム形成を進め、新たな顧客体験を創造(SCALE the NEW)すること。最後に、事業ピボットを大胆に転換し、実現したい領域へ経営資源を投入すること(WISE PIVOT)です。特に2つ目に挙げたSCALE the NEW(新規事業創出の創出・スケール拡大)は重要なステップとなるでしょう。

しかしこのSCALE the NEWというアプローチを実践し、新たな市場・顧客体験を創造するのは決して容易ではありません。その理由の1つは、企業という組織が本来持つ性質です。現在のビジネス組織は、既存の発想・構造から生まれた従来型事業に最適化されており、新たな価値観に基づくビジネス創出や商品・サービス開発に必ずしも適していません。2つ目の理由は、期待価値・顧客価値の重要性の高まりという流れがもたらす競争戦略の変化です。従来の競争戦略は、既にある顧客ニーズへ焦点を当てて、参入すべき領域を決定するという考え方に基づいており、そこでの判断基準となるのは“正しいか、正しくないか”です。しかし期待価値・顧客価値が重視される新たなビジネスの世界で意思決定の判断軸となるのは、“魅力的か、魅力的でないか”です。これまでとは異なる発想と価値観で、顧客にとって魅力ある新しい体験・市場を創造することが求められているのです。

では日本の金融機関がこうしたチャレンジに対応し、SCALE the NEWを推進するためにはどのような戦略とアクションが求められているのでしょうか?次回のブログでは、市場の環境変化やパラダイムシフトに対応し、消費者のニーズ・心理の理解に軸を据えた新たなビジネスをデザインしていくための戦略“ヒューマン・セントリック・ストラテジー”(Human Centric Strategy)についてお話します。

今回のウェビナーでは、日本の金融機関に新たなアプローチが今求められる背景、顧客価値という視点の重要性、そして顧客中心のビジネスを推進する上で鍵となるヒューマン・セントリック・ストラテジーと新たなデザイン思考について、様々な事例を交えながら詳細にわたり解説しています。オンディマンドで視聴することが可能ですので、ご興味をお持ちいただいた方は是非ご覧ください。

補足記事:顧客ニーズの理解と深層観察の重要性

現代の消費者は多様なニーズを抱え、魅力的か魅力的でないかという基準で商品・サービスを鋭く観察しながら購買活動を行っています。この特徴を念頭に置いた上で顧客体験の向上を図ることは、今後あらゆる企業にとって不可欠となるでしょう。そこで重要となるのが、人間が持つ本来の欲求やニーズ、あるいは商品・サービスのどこに魅力を感じるのかというレベルで顧客を理解するための調査アプローチです。

顧客ニーズ理解の方法として一般的なのは、定量調査やwebアンケート、街頭アンケートといったかたちで多数の対象者にアンケート調査を行い、統計的手法を用いて分析するというアプローチです。しかしアクセンチュアでは、限られた数の対象者に“深層観察”(デプス・インタビュー)と呼ばれる調査を実施し、その発言内容から価値観をつかみ取っていくという手法も併用します。なぜならば、人間は矛盾する様々な気持ちを内包しており、購買行動という表層的な行為の裏、つまり消費者の心の中には様々な潜在意識と価値観が潜んでいるからです。魅力的な新市場や商品・サービスを創出するためには、この領域にまで踏み込んで消費者の心の動きを理解することが重要となるのです。

例えば消費者が生命保険に求めているのは、自分の“将来の生活の安心”を買うことだと言われることが多いです。しかし、消費者に対して深層観察を行った結果、社会人になったばかりの若者世代の方は、大人になり社会の一員として働く“自立ブランド”の購入という動機が奥に潜んでいるということがわかりました。さらに、結婚仕立ての夫はパートナーを守っているという“愛情表現”の1つとして生命保険を買うという動機が潜んでいることがわかりました。インタビューの対象者は、保険を購入した本当の理由について自分から話してくれるわけではありません。消費者が何を求めているのかを深く探る質問を投げかけ、その心の奥にある価値観や考え方に触れることではじめて、魅力的な商品・サービスの創造につながるような理解を得ることができるのです。

“深層観察”を通じて、こうした顧客の深層心理を理解するために重要なポイントが2つあります。まず1つ目は没入(Immerse)することです。消費者の人生に触れるような聞き方をすることで、新たな価値観・考え方を徹底的に探索し、自分の中に取り入れていくことが求められます。2つ目はバイアスを外す(Unlearn)ことです。観察を行う私たちも1人の人間ですので、これまでの人生で培ってきた自分の価値観や先入観の影響をどうしても受けてしまいます。これまで蓄積してきた知識や経験を意識的に忘れ、不必要なフィルターを外した上で消費者の潜在意識を探ることが必要となるでしょう。

今回のウェビナーでは、日本の金融機関に新たなアプローチが今求められる背景、顧客価値という視点の重要性、そして顧客中心のビジネスを推進する上で鍵となるヒューマン・セントリック・ストラテジーと新たなデザインとの向き合い方について、様々な事例を交えながら詳細にわたり解説しています。オンディマンドで視聴することが可能ですので、ご興味をお持ちいただいた方は是非ご覧ください。

[1] https://steemit.com/steemit/@johnnywingston/how-long-does-it-take-steemit-to-hit-50-000-000-users–1502430927-1670258