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長らく、中小企業の生産性の低さが指摘されている。そんな中、顧客企業のDX に乗り出す金融機関が増えている。

これまで、金融機関による顧客企業の経営支援は、ファイナンス以外に実質的な打ち手がなかったが、レギュレーションの変更、テクノロジーの進展、DX需要の高まりにより、状況が一変した。

本論考では、以下の論点を踏まえて、中小企業のDXと金融の新しい在り方を考察する。

  • 中小企業の経営課題の本質とは何か
  • 金融機関の強みを活かした効果的な打ち手は何か
  • 金融機関自身の課題をどう克服するか

日本経済活性化のカギとなる中小企業の再興に向けて、日々取り組んでいる金融機関の関係者の方々にとって参考になれば幸いである。

1.中小企業の課題

まず、「実際にどのような経営課題解決が必要なのか」を知るため、弊社はデザインシンキングの手法を用いて企業の経営課題のリサーチを行った。具体的には、企業のライフステージ(創業期、成長期、成熟期、衰退期)、規模(零細、中小、中堅)、業種(製造、流通、小売など)によって企業を分類し、それぞれに分類される企業の経営課題について、経営者への聞き取り調査を行った。主な経営課題として挙がってきた事項は以下になる。

  • ITツールに関心があるが、費用対効果が見合わない。
  • 販路拡大のためのノウハウやコネクションが無い。
  • 人材採用育成が十分にできていない。
  • 様々な経営課題に関して相談できる相手がいない。

経営者への聞き取りを通じて、規模の大小により同じ経営課題でも対応の難易度が異なるという実態がわかってきた。小規模企業ほど、経営課題に充てるリソースがないこと、周辺の取引先企業が対応しているかどうかに依存している。すなわち、経営課題そのものへの対応が必須であると理解しつつも、1社では身動きが取れないということだ。

これらの経営課題の解決に向けて、金融機関以外のプレイヤーも動き出している。しかしながら、世の中にあるソリューションは、企業内に専門人材を必要とするものが多く、中小企業が利用するにはハードルが高い。そんな中、一部のプレイヤーにおいては、誰でも登録するだけで利用可能なアプリを提供し、そこで人員調達や販路拡大に貢献するソリューションと金融(ファイナンスや決済)をセット提供することで、成功している例(助太刀AirレジBASEなど)がある。

海外に目を転じると、海外銀行は特定マーケットにおいて、一気にDX基盤に企業をオンボーディングすることで、企業の生産性向上と金融ソリューション提供を行っている。例えば、タイのサイアムコマーシャルバンクはセメント化学建設のコングロマリット向けにブロックチェーンを用いたサプライチェーンと資金調達プラットフォームを提供し、シンガポールのDBSは天然ゴム業界にマーケットプレイスとファイナンスを提供しており、複数企業を”まとめる“ことで、DXと金融をセット提供することに成功している。

ここまで見てきたように、中小企業はDXニーズを持っているが、規模の小ささ故に非効率を受け入れている状態と言え、DXを推進するには、導入ハードルを下げること個社レベルでは導入メリットが薄いため、デジタルにオンボーディングするための”まとめ役“が必要であると言えるのではないか。

2.法人ソリューションバンク

では、「金融機関は中小企業の経営課題解決をどのように行うべきか」法人ソリューションバンク(図表1)について解説する。前述したとおり、中小企業には様々な経営課題があるが、個社単独では対応できない。一方、DXソリューションを提供するプレイヤーは多数存在するが、中小企業を取りまとめるプレイヤーは存在せず、包括的に経営課題に向き合えるプレイヤーも存在しない。

(ア)そこで、金融機関は幅広いリレーションを活かし、中小企業を束ねて、1to Many型の共同デジタルソリューションを提供する。導入ハードルはサブスクリプションやファイナンススキームで下げる。

(イ)そこから、商流人流稼働状況などの企業活動データを収集する。

(ウ)このデータを活用することで、データファイナンス、ビジネスマッチング、共同購買、在庫最適化、BPOなどの付加価値サービスを提供する。元来の強みである信用スコアもうまく活用すれば取引活性化に生かすことができる。

(エ)また、様々なSaaSサービスをワンストップで販売代行し、企業毎の個別ニーズに対応する。

(オ)結果、中小企業がDXを通じて、経営課題を解決し、生産性向上、キャッシュフロー改善、業容拡大を達成する。その成果から、金融機関は資金を回収し、新たなファイナンス機会を獲得。WIN-WINの関係を構築する。

中小企業に対しては、金融機関が個社毎に対応することは効率が悪い。法人ソリューションバンクのように、1 to Many型の共同ソリューションの提供を梃に、まずはデジタルにオンボーディングさせ、データを収集し付加価値サービスに活かすことが肝となる。

では、実際にどのようなソリューションが梃になりうるのか。企業活動をデータ化する上で有望なのは、SNS、マーケットプレイス、サプライチェーン、ERPソリューションではないか。提供パターンとしては、エンベデッド型と、ソリューション自体の胴元となることの2パターンが考えられる。リスクリターンが大きいのは後者である。

次に、これらの梃となるソリューションの中で、共同ERPの事例を紹介したい。弊社は会津若松市でコネクテッドマニファクチャリングエンタープライゼス(CMEs)という取組みを行っている。地元の組合、製造業、中小企業庁などと連携し、SAPをベースとした共同利用型ERPを導入し、中小企業の生産性向上を支援するという取組みである。中小製造業は、大手と異なり、会計SaaSなどの個別ソリューションは導入していても、営業、調達、製造、販売、請求、会計まで一気通貫したソリューションは導入できていない。そのため、個別ソリューション間は、人力のアナログ対応や経験による調整がメインとなっている。ERPソリューションの本質は、企業のバリューチェーン全体を1パッケージで管理することであるが、中小企業はこれまで価格がボトルネックで導入できなかったのだ。そこで、弊社はSAP社の協力を得て、大企業向けのバリューチェーン全体に跨ったERPを中小企業が共同で利用できる形に構築しなおし、中小製造業向けのテンプレートを標準化することで、導入ハードルを下げた。ユーザー企業には、サブスクリプションモデルで提供され、企業ユーザー間で共通して利用する機能を非競争領域と位置づけ、共同利用することでコスト削減を図っている。

これを金融機関が提供した場合、金融、非金融の様々な付加価値サービスが提供可能となる(図表2)。共同利用型ERPから得られるデータは企業全体のバリューチェーンに及ぶ。共同利用することによって、例えば稼働状況を踏まえた効率的な生産工場のマッチング、ボリュームディスカウントを狙った共同購買のマッチングや調達先のリコメンドシェアードBPOによる間接部門切り出しなどのサービスが提供できる。金融サービスにおいても、受発注データに基づいて支払いサイトを予測し最適な資金調達をリコメンドしたり、取引先企業の信用度に応じたPOファイナンスを提供したりと、データに基づく高度なファイナンスが提供可能となる。

このように、DX×データ×金融によって、金融機関は事業範囲を広げ、顧客にさらなる付加価値を提供することが可能となるのである。

3.日本経済活性化に向けて

金融機関が法人ソリューションバンクの取組みをするには、ケイパビリティの課題がある。具体的には、深い他業種の業界知見、業界ごとに標準化を進める積極的な働きかけ、オープンイノベーション、システム設計構築力、積極的なリスクテイク、自己資本投資、M&Aなどのケイパビリティを外部活用も含めて獲得することが求められる。

日本の中小企業は全体の99.7%を占める。中小企業の活力を生み出すことは金融機関の使命であり、生命線であると言える。金融機関は現在、自らのDXに取組み、変革を果たそうとしている。その経験を活かし、中小企業の事業そのものの支援、リスクテイクに乗り出すことで、中小企業の経営課題解決や生産性向上、更には新たな産業の育成へとつなげていく必要がある。日本の中小企業は集まれば強い。大企業にも世界にも対抗できる。金融機関が音頭をとることで、日本独自の強い中小企業連合のあり方を再構築できるのではないか。

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