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「デジタル化」の名のもとに、テクノロジーを活用した新規事業開発や経営効率の飛躍的向上が改めて問われている。特に金融においてはフィンテックやオープン・イノベーションがある種の流行となり、議論が重ねられている。

それでは、こうした取り組みが、装置産業たる金融において、時世を捉えた競争優位の確立に寄与できているかというと、必ずしも十分ではないというのが一般的な認知であろう。例えば、金融機関のテクノロジー支出全体に占める前述のような投資は依然として微々たる量であることからも推察されよう。

本稿では、従来型の規模の効率性に偏重した投資から脱却し、「真」の成長力を獲得するために求められる、IT投資の在り方「デジタル・エンタープライズ・アーキテクチャ」について論じたい。

デジタル社会化がもたらすIT投資のジレンマ

デジタル社会化の到来が叫ばれて久しい。今や国内で1.6億台※1が普及している携帯電話をはじめ、あらゆる装置がセンサー化され、その計測データにより現実世界の森羅万象がデジタル世界で再現可能となりつつある。

ビジネスモデルの観点では、従来型の情報の非対称性に根差した鞘抜き型の事業は構造的に優位性を失い、熾烈な価格競争に苛まれることとなる。また、参入障壁が押し下げられることで、スタートアップによるアンバンドリングや、氾濫する情報の清流化により新たな価値創出を図るプラットフォーマー等によるリバンドリングといった産業構造の変革を励起する。その結果として、「資本集積」・「規模の効率性」による競争優位性は持続性が薄れ、事業ライフサイクルは短期化する。

装置産業と呼ばれる金融が、こうした構造変化が顕著に起こり得る産業であることは自明であろう。特に経済成熟や人口減少により従来型の事業が伸び悩む日本では、なおのこと顧客起点への転換と付加価値の創出、新たな収益プールの獲得を、高回転で行うことが今後の競争優位の源泉となる。

IT投資の観点では、単純なUX/UIの改善による利便性向上といったフロント領域へのIT投資のみならず、基幹システムに踏み込んだビジネスモデル転換型のIT投資が求められる。

これを与件とすると、IT投資サイクルも短期化するべきであろう。しかし、規模の効率性が効きやすい金融においては、システム構成・人員・投資ガバナンス等すべての面で投資の効率性を最重要視してきたため、IT投資サイクルの短期化にハードルがある。

例えば、基幹システムについては、キャパシティ増強や制度対応等の部分的な補強を除けば、依然として10~30年スパンで全面見直しを検討するのが一般的であろう。その結果として、急激なデジタルシフトにより短期化する事業ライフサイクルと、IT投資サイクルのギャップが拡大しつつある。

これをいかに解消し真に必要なIT投資を実現できる体質に転換するかが、中長期的な成長を考える上で極めて重要な課題となっている。

図表1 「 競争優位源泉としてのIT」に求められる3つの要諦
図表1 「 競争優位源泉としてのIT」に求められる3つの要諦
©2018 Accenture All rights reserved.

競争優位の源泉としてのITの復権

前述の真に必要なIT投資を継続的になし得る状態にするには、3つの要諦があると考える(図表1)。

1. シナリオベースのIT戦略

事業環境の不確実性が増す中では、従来、事業戦略策定で用いられてきたシナリオベースの手法をITの世界に持ち込む必要がある。

まず、長期の(未確立の潜在的市場も含め)事業シナリオを複数想定する。その中で蓋然性が一定担保されたシナリオに共通するIT投資を積極化し、事後的なIT整備で対応可能なシナリオは事業機会の顕在化を待つ。また、先行的なIT投資により市場創造が果たせるシナリオは個別判断で投資する、といった発想である。従来は事業や業務が確定後にITに投資することが当然であったが、このシナリオベースの発想により、効率的IT投資と先行的IT投資の両立が可能となる。

2. ビジネス・IT両睨みでのガバナンス

IT投資をすべきタイミングの判断は従来に増して難しくなっている。一方でIT活用により初めて具現化できる事業は増加しており、明確な事業ニーズの発現を待たず先行してIT投資を行う意思決定力が競争を左右する。こういった先行的IT投資の判断を可能とするには、ポートフォリオ管理と迅速な市場検証の体制を整備する必要がある。事業確度が高まった段階で急速な事業の拡大を期待できる。

3. システムアーキテクチャの再構成

システムアーキテクチャも、効率性を追求するとともに柔軟性をいかに備えるかが重要となる。前述のシナリオベースやポートフォリオ型の投資を行うにせよ、基幹システムが重厚長大なままでは硬直的な投資に限定されてしまう。商品・サービスが多様化する中で柔軟性を担保するには、従来の「事業=業務=基幹システム」という発想で一体化されたシステムを、業務プロセス・記帳および商品・サービスを独立させ、組み合わせ再利用できる構造にする必要がある。また、その構成はエコシステムやAPI連携

によるサービス提供等、他社サービスへの埋め込み型金融サービスへの対応を前提とするべきである。最小化したコアシステム、業務プロセス・記帳をつなぐワークフロー・ハブ、およびサービスを機動的に組み変えるフロント領域のマイクロサービス化が必要である。

これらにより、柔軟な投資を許容しつつ、従来の規模の効率性を担保したシステムアーキテクチャへの転換が可能となる。

いかにして現状から脱却するか

現状から脱却する上での課題は、過去の莫大なIT資産からいかに賢く転換するかである。レガシーシステムの刷新は契約データ等の移行を伴い、莫大なコストとリスクを伴う。また10年単位で期間を要していては、勝者総取りのデジタル世界では到底生き残ることはできない。

これを打破するには3つのアプローチがある。大きな経営判断を要するが確実かつ迅速な構造転換を支えることができる。実際に欧米ではこれらに着手している金融機関が現れており、本邦金融機関にとって大いに参考になろう(図表2)。

1. デジタル・ディカップリング型

レガシーシステムの改修は従来多大な労力を要し、再構築ともなれば数年単位・数百~数千億円規模の投資が当然であったが、近年はHadoop等の大量データ処理技術やRPAに代表される自動化技術の浸透により、基幹システムに大幅な手を加えずともデジタル型事業のスピード・柔軟性の要求に応えることが可能となっている。

2.デジタル・ビークル活用型

不確実性がより高く、迅速な試行を最重視するべき事業環境においては、デジタル型事業を独立した事業会社、業務・システムとして切り出すことも有効である。小規模に立ち上げることで事業全体の機動性を担保しつつ、デジタル型事業の拡大が可能となった段階で本体事業や基幹システムとの融和を図るか、デジタル型事業に本体事業を逆吸収させることで一気にデジタル企業に転換する考え方である。

3. トランスフォーメーショナル・ジャーニー型

自社の想定するデジタル化が逐次的な構造転換による実現が最適な場合もある。その場合に特に重要となるのは、事業シナリオと合致したエンタープライズ・アーキテクチャ(EA)の将来像を描きつつ、事業環境の変化に応じてEA将来像を継続的に更新するEAマネジメントと、常に最新のEAに基づき開発を行い将来像へ漸近させるEAガバナンスの機能である。

 

図表2 システム構造転換のアプローチ
図表2 システム構造転換のアプローチ
©2018 Accenture All rights reserved.

構造転換の実現に向けて

こうした構造転換の実現ステップは、従来の「事業戦略策定⇒IT要求・全体像の策定」といった検討では解はでない。 CxOが一体となり、事業シナリオの議論と、それを踏まえたIT投資の在り方について利害関係者の意思をまとめて検討する融合型の事業運営が必要である。

弊社では、「デジタルEA」と称して、こうした課題にチャレンジするクライアントへのサポートを提供している。デジタル社会化が急速に進行する中で、本邦金融機関がテクノロジーを梃子に世界をリードするポジションを占めることに少しでも貢献できれば幸いである。

(出典)※1.一般社団法人 電気通信事業者協会(2017年12月末時点契約台数)