イノベーションの結実
2017年、NYダウは史上最高値を突破。
日経平均もバブル後の最高値を更新し、本邦証券各社の業績も好調だ。
だが一方で、その経営環境や収益構造には課題が見え隠れしている。IPO/PO、M&Aを始めとしたプライマリー分野においては、資金調達規模の変化や制度引き締めによる収益低下リスクに直面している。トレーディング分野においては、既に債券価格のボラティリティ低下等により、思うような収益をあげられていない。また、リテール分野では、フィデュ―シャリー・デューティーへの本格的な対応を通じて、営業スタイルの変革が求められている。
これらの課題は、早期の解決を図らなければ競争力を失いかねない。これまで本邦証券各社はNewITを中心としたイノベーションへの取り組みを画策し、検証し、試行してきたが、この取り組みを『結実』させることが課題解決への近道だと認識している。
プライマリー分野における“働き方改革”の実現
プライマリービジネスは、堅調なファンダメンタルズと資金調達コストの低さに支えられ、各社とも好調な業績を維持している。だが、資金調達需要の変化や規制対応など、事業環境は絶えず変化しており、証券各社は環境変化に耐えうる筋肉質な体制を整える必要がある。
例えば、国内市場でのIPOによる資金調達は増加傾向にあるが、1件当たりの吸収金額は減少(図表1)している。近年は日本郵政やJR九州など大型案件があったものの、比較的小規模な案件の占める割合が増加傾向にあるのが背景だ。証券各社は吸収金額に応じたフィーを得ているため1件当たりの収益が低下する恐れがあるが、上場企業への審査厳格化要請などに代表される通り、関連する当局の要求や制度は引締め方向にある。対応に関わる事務量や要員が増えれば当然のように収益率は低下していく為、証券会社はデジタル化による「働き方改革」の実現が急務であると認識している。
① 既存業務負荷の軽減
プライマリー分野では、伝統的に専門性・希少性の高い人材を配置し、高い付加価値を生んできた。だが、その結果、特定の人材に業務が集中し、長時間労働が常態化している光景が散見される。
New IT、特にRPAやAI技術の発達を踏まえると、公開価格算出、提案書フォーマット生成や法務・コンプライアンスレビューなどの業務は作業品質を維持しつつ、現場の業務負荷を削減することができる。実際にNew ITの活用による業務プロセスの再構築が先行している欧米ではヒトが担うべき業務を半減~ほぼゼロ化した事例もある。
② 新規収益源の創出
「働き方改革」の効用は、既存業務負荷の軽減にとどまらない。
業務負荷の軽減により、これまでリーチすることの出来なかった小規模な資金調達需要を持つ顧客層へのセールスや、顧客ニーズに応じたより柔軟な資金調達方法の提案に、労働力を振り向けることができる。また、顧客照会への応答等、顧客接点そのものをデジタル化することにより、顧客行動のアナリティクスによる潜在的な要求の抽出も可能となり、新規収益源の創出に寄与するであろう。
前述の2点のように「働き方改革」の実現により、プライマリービジネスは収益性を高めることができる。だが、やみくもにNew ITの適応を進めても投資対効果が見込めない業務も存在するため、留意が必要だ。OA端末のログ解析や実務担当者の動作分析を実施し、その結果に応じてアウトソースの活用などNew IT活用以外のソリューションも柔軟に検討することが、「働き方改革」を実現する上での要諦である。
トレーディング分野における“コスト削減”の実現
2017年10月に発表された米銀大手6社のQ3決算発表は予想を上回る結果となったが、トレーディング収益は債券ボラティリティ低下やヘッジファンドの減少を背景に、総じて軟調となった。トレーディングビジネスは市況の影響を受けやすいため、欧米の金融機関では、局面に依存せず利益を上げられるようトレーディング業務に関するコスト削減を図る動きを加速させている。
本邦金融機関においても、こうしたコスト削減の欲求は高まるものと考えられる。特にプラットフォーム統一の実現やブッキングモデル最適化がキーワードとなるであろう。
① シングル・プラットフォームの実現
本邦金融機関は、歴史的にマーケットやアセットクラス別にITインフラを整備してきたため、各業務・システムが部分最適化されている(図表2)。
このため、グローバル規制・制度対応にあたっては、拠点毎に保有するデータの鮮度・粒度を統一する対応を実施する必要があり、コストが高額となりがちであり、トレーディング・プラットフォームを統一することにより、グローバルにおけるコスト削減が可能となる。
② グローバルブッキングモデルの再考
本邦金融機関のデリバティブビジネスにおいては、バック機能のみならず、約定や値洗い等のフロント、ミドルの機能も含め、各国で異なるシステムを利用していることが多い。そのような機能・システムの分散化は、規制・制度変更の度に、システムコスト増大に繋がる。デリバティブビジネスのコスト削減を今後検討する上では、顧客・規制当局・投資家等のステークホルダーを考慮し、資本効率・業務効率の観点で、グローバルオペレーション最適化を再考することが重要である。この点、まずはグローバルブッキングモデルの再考をすることから始め、コスト削減の礎を築くのが得策であろう。
シングル・プラットフォームの実現やブッキングモデル最適化は、コスト削減だけでなく、その先にある収益拡大にも寄与すると弊社は想定しており、支援を拡大していきたいと考えている。
リテールビジネスにおける“顧客本位”の実現
リテール業務においては、フィデュ―シャリー・デューティーへの取り組みが色濃く反映される年となるであろう。2017年3月に金融庁が公表した顧客本位の業務運営に関する原則に基づき、既に各社は顧客本位の徹底、高度化を図るための指針を相次いで公表している。だが、特に顧客接点が多いリテール営業の現場において、この指針をどのように業務に反映していくか、明確に描けている金融機関は少ないように見受けられる。
営業員が特定の商品やサービスを選定し販売・提供する現状の営業スタイルでは、顧客本位を追求することに限界がある。この点に関して、改革の方向性は3つあるが、いずれもデジタルを積極的に活用すべきと考えている。
① 情報提供の高度化
既にタブレット端末を使った営業スタイルは普及しつつあるが、営業員は顧客に適切な情報を提供することが出来ているのだろうか。たしかに営業ツール・資産のデジタル化により、情報供給量は飛躍的に増えた。但し、それだけでは膨大化した情報量の取捨選択を営業員も顧客も思うように出来ていないように見受けられる。そこで弊社は、AR(AugmentedReality)の可能性に着目している。
AR活用による利点は、スペース制約があるタブレットに比べ、個人毎の供給情報最適化が容易いことやデザイン性に富むことなど、対個人にカスタマイズ出来る点だ。これにより、従来の営業員主体の情報提供から、顧客主導の情報取得へと昇華することができると考えられる。
② 総合投資サービスの提供
証券業は従来、株・債券・投資信託・為替など、「金融商品」として定義される、流動性の高いアセットのみを取り扱ってきた。近年、これら既存のアセットとは異なる、新しいアセットの市場形成が、異業種により動き出しはじめている。
新しいアセットの商品は、流動性が極めて低かったもの(非上場企業の株式、エネルギー、不動産など)、資産価値は高いが真贋の証明が難しく、市場化が困難であったもの(貴商品等)、全く新しいデジタルアセット(仮想通貨、個人の時間、著作権等)などである。
海外では再生可能エネルギーのP2P取引プラットフォーム(豪:Power Ledger社)やダイヤモンドの資産管理プラットフォーム(英:everledger社)の実証実験が実施され、実際に取引が始まっている。
証券会社として、新商品選定は慎重に行うべきであるが、ブロックチェーンなどの新技術を採用しつつ、投資全般を請け負う会社として裾野を広げることを検討する時期に差し掛かっている。
③ 非金融商品・サービスの提供(ライフコンシェルジュ化)
顧客本位のサービスをより高い次元へと昇華させる為には、金融サービス以外にも選択肢を広げる必要がある。特に主たる顧客層の高齢者は、より幅広なサポートを必要としている。証券業務に特化したサービスを提供することも一つの選択肢であるが、今後参入が予想される異業種の多くは顧客のトータルライフコーディネートを意識しており、単一のサービスでは顧客への訴求力が相対的に低下する恐れがある。
こうした脅威に対し、総合証券会社の強みは、富裕層である高齢者の情報を既に保有しており、且つ全国にネットワークを持っている点だ。証券各社は、定期的な顧客接点の中で投資を中心としてサービスを展開しつつ、医療・介護関連サービスや富裕層の生活や嗜好品に合わせた物品案内や補助を、デジタルツールを駆使しながら行うことで、顧客のコンシェルジュとして消費活動をサポートすることはできないだろうか。
総務省の調べ*1によると、高齢者は主に非対面による信頼構築の不足とITリテラシー不足が原因で、ネット上での消費活動を好んでいない。総合証券会社のネットワークは、こうした現状に対して大きな武器となりうる。
このような証券営業員のライフコンシェルジュ化はあくまで一例であるが、顧客本位を追及するためには、顧客の消費行動にまで目を向ける必要があると弊社は考えている。
終わりに
本稿では、NewIT活用を中心としたイノベーションによる既存業務・コスト構造の変革、及び新たな顧客基盤獲得に向けた取組み事例を述べた。
弊社としては、これらの事例のみならず、引き続き本年も皆様のイノベーションに取り組み、成長の手助けをしていきたいと考えている。