デジタル・ヒューマン・デジタルバンク[1]を新たなビジネスモデルに掲げた伊予銀行は、2018年度中期経営計画[2]で「7年後の営業店事務半減」を宣言した。

この改革で重要な役割を担っているのが、店舗タブレット”AGENT”である。

AGENTは以下の理由から成功事例として位置づけられている。
-事務を最大80%削減
-営業店行員からの高い評価:
「もう元の事務には戻れない」
-お客さまからの高い評価:
「赤ちゃん片手に手続き出来た」、「6分と聞いて口座を開きに来た」等
-他行からの高い評価:
「店舗への本格導入機」として、AGENTを正式採用する銀行も登場

本稿では、AGENT開発の実体験について述べる。各行が取り組んでいるデジタル・トランスフォーメーションを成功に導くための気付きとなれば幸甚である。

大胆な改革コンセプト「人こそは銀行」

店舗タブレット”AGENT”の開発は、単なるシステム開発プロジェクトではない。そこには大胆なコンセプトがあった(図表1)。

抜本的にコスト構造を見直すための「店舗事務の効率化」「店舗網再編」は多くの銀行にとって重要かつ難しい経営判断が求められるテーマであろう。将来的に現在の店舗網を維持することは困難である一方、地域を支え続けるための顧客サービスは維持しなくてはならないからだ。

伊予銀行では、AGENTを核とした「人こそは銀行」というコンセプトでこのジレンマに立ち向かおうとしている。全てのサービスをタブレットで出来るようにすれば、そのタブレットをもった人がお客さまの傍らに行くことで、あらゆる場所が銀行になれる。

この改革コンセプトは、「営業店事務のデジタル化」「課題解決力の強化」「ロケーションフリー化」の3ステップに分解された。

大きな成果を目指すには、前例にとらわれずに大胆に改革を行う意思や改革に向けてリソースを集中投下させる覚悟が必要だ。その覚悟を経営が示し、改革は動き出した。

まずは、営業店事務、主要26業務のデジタル化からである。

部門横断の一丸態勢づくり

AGENTでは、「密な連携」ではなく「一丸」態勢を志向した。部門を超え、さらに会社も超えた、外部の人材も含めて一丸となって企画から実行までやりぬく改革態勢である。

企画段階では、ビジネス・事務・システムそれぞれに精通した行員3名+弊社で、毎朝7-9時で徹底的に議論を重ねた。「精通した行員」は、現行のやり方に精通していることに加えて、「新しいビジネスの在り方」「新しい事務の在り方」「新しいシステムの在り方」について真剣に考え、取り組んできていた。

そのようなメンバーは、それぞれが目指す先のイメージをもっている。「意味のあること・おもしろいことをしよう」「他社と同じではつまらない」「既に有るものは使う、無いモノは創る」といった価値観を全員が共有していた。

自らが切り拓こうとする先の姿を実現するには世にあるソリューションではちょっと足りない。そのような帰結から、AGENTを核にした改革ロードマップが描かれていった。

実行(開発)段階でも、「一丸」態勢を継続した。重視したのは「横断人材の確保」である。銀行の体制は往々にして商品単位で役割分担がなされている。関係者が多岐にわたる実行段階においては、商品軸で所管分けされた人材を「顧客軸」で束ねる仕掛けが非常に重要になってくる。

伊予銀行では、来店から退店まで、一連の顧客体験に責任を負う役割を銀行のプロダクト・オーナーと弊社が担った。プロダクト・オーナーは、企画段階のビジネスに精通した行員+事務部門の部長の2名が担当。弊社からはビジネス/業務担当、システム担当、そしてCX担当、UX/UIデザイナーが参画した。

こうして、プロダクト・オーナーと弊社を中心に、現業7部門の次課長級が、週に2-3回、1-2時間ずつ、「顧客体験のあるべき」を一丸となって議論する態勢が整った。利便性追求とリスク担保の難しいトレードオフに対しては、プロダクト・オーナーが前例にとらわれない大胆な方向性を示した。すると、リスクや監査の担当が顧客体験としての改善案を出す、システムの担当がより優れた業務の在り方について意見する、事務の担当が営業アプローチについて提案する、といった立場を超えた活発な議論が始まった。

アジャイル・アプローチの採用

一丸態勢での議論促進に大きく貢献したのが、アジャイル開発アプローチである。

要件定義開始から4週間でプロトタイプ画面を実際に見ながらの議論を開始。開発フェーズに入ると、4週間ごとに実機画面を実際に触りながらの議論が行えた。営業店に実機画面をテストしてもらったのも、開発着手からわずか8週間後である。

このスピード感は、方法論に加えて、前述の通り企画段階からシステム要員を巻き込むことで実現された。

実機を見ながらの検討は、多くの修正意見を生み出した。実際にやってみて気づけた問題も多く、営業店ならではの現場の意見も早期にあぶりだせ、品質向上を加速させた。プロジェクトの初めに机上で要件を固めきらないといけないウォーターフォール開発と比較すると、感覚値で3~5倍は改良点を盛り込めた。自分たちよがりではない、お客さまに受け入れてもらえるものに確実に近づいているという手ごたえがそこにはあった。

なお、アジャイル・アプローチによる課題の早期あぶり出しは、顧客体験だけでなく行員体験も飛躍的に向上させる結果につながった。「どんどん使いやすくなってきている。一度作ったら終わりではない今回のアプローチは正しいと思う」という現場行員からの支持は、改革を進める上で極めて重要であった。

このように、改革コンセプトを実現するうえでカギとなる顧客体験・行員体験を効率よく磨く手法として、アジャイル・アプローチは極めて有効であった。

これまでの成果と今後の取組予定

かくしてAGENTは計画通り、開発着手から6か月で第1弾をリリース、その4か月後・6か月後・8か月後に第2弾・3弾・4弾をリリースし、全26業務を対象にした開発を終えた。1年かけての全店展開も予定通り進んでいる。これまでの成果は上々と言える:

①ロボットとの会話を前提にしたチャット形式で業務をゼロベースで組み立てたことで、事務を最大80%削減した。

(例えば、口座開設手続きでは印鑑登録を省き、入金ゼロでの開設を認め、所要時間は45分から10分に短縮された。お客さまの入力にいたっては6分で完了する)

②テストの都合でタブレットの利用を停止し一時的に元の事務に戻した店舗からは、「とにかく早くタブレットに戻して欲しい」との強い要望が本部に届いた。

③「赤ちゃんをあやしながら、片手でタップするだけで手続きを行えて大変助かった」「昨日のテレビのニュース番組で『6分で口座が開ける』と聞いたので開きに来た」といったお客さまからのありがたい言葉も頂戴した。

④そして、AGENTを高く評価し、「店舗への本格導入・展開機」として、正式採用する銀行も現れた。

今後の取組であるが、現在、次のステップである「課題解決力の強化:顧客傾聴機能」の開発を進めており、2019年度中のリリースを目指している。そして2020年度中の「ロケーションフリー化:渉外持出機能」のリリースを視野に入れ始めた。

おわりに
Disrupt the Bank~10年先でも必要とされるために

本寄稿の表題では「営業店事務半減」を前面に打ち出しているが、コスト削減を行い体力さえ温存すれば10年先も安泰かというと決してそうではない。

伊予銀行では、「コスト削減」ではなく、「10年先も必要とされる銀行になること」をゴールととらえた。そして、そのゴール達成のために、何よりも顧客体験を最重要と位置付けた。例え、目先の目標がコスト削減であったとしても、顧客体験と言う切り口で取り組むことを大切にした。AGENTがデジタル・ヒューマン・デジタルバンク~事例紹介:店舗タブレット“AGENT”による営業店事務半減「行員事務の支援」に留まらず、「顧客体験のあるべき」にこだわって開発されたゆえんである(図表2)。

本稿で取り上げた「大胆な改革コンセプト」「部門横断の一丸態勢」「アジャイル・アプローチ」も、全ては顧客体験(+行員体験)を重視したために採用されたアプローチである。

このようなアプローチは多くの銀行にとって慣れ親しんできたものとは少し異なるかもしれない。しかし、デジタル変革を成功させるためには極めて重要なアプローチと考える。

伊予銀行との伴走を通じたAGENT開発の成功により、その想いは確固たるものに変わった。

地銀でも出来る。地銀だからこそ出来る。地銀は10年先も地域のお客さまに必要とされる「真の顧客サービス企業」になれるであろう。

[1] FSアーキテクトVOL.46「デジタル・ヒューマン・デジタル・バンク~個性ある銀行の創造」:https://www.accenture.com/jp-ja/insight-fs-architect46-1
[2] 伊予銀行2018年度中期経営計画:https://www.iyobank.co.jp/about/pdf/iyobank_2017_02.pdf

※FSアーキテクトは、金融業界のトレンド、最新のIT情報、コンサルティングおよび貴重なユーザー事例を紹介するアクセンチュア日本発のビジネス季刊誌です。過去のFSアーキテクトはこちらをご覧ください