金融サービスブログ    

健康増進型保険や健康サービスを筆頭とし、生命保険会社によるヘルスケアビジネスへの参入が本格化している。今後、生命保険会社がヘルスケア領域において、顧客に一番に選ばれる存在となるためには、「顧客の本質的な欲求を正確に捉え」「これを実現するための提供価値を見定め」「具体的な形に創り上げていく」ことを避けては通れない。そして、顧客の本質的な欲求に究極的に応えるためには、保険業の枠に囚われない価値提供の仕組みを企図し、創り上げるといった事業ドメイン拡張やビジネスモデル転換に踏み出すことが求められるだろう。

本稿ではヘルスケアビジネスのその先として、顧客に提供すべきサービスは何か、またその実現に向けたアジェンダについて筆者の考察を述べたい。

ヘルスケアビジネスの現状と動向

近年、本邦の生命保険会社各社によるヘルスケアビジネスへの取り組みは、単なる保険商品の提供に留まらず、医療・健康相談や医療機関紹介、介護・見守り支援、健康増進支援などリスクの事前判定・可視化や抑制に至る付帯サービスにまで提供範囲が拡がっている。今後も生命保険会社による新商品・新サービスの開発は、更に加速するとみられているが、最終的に立ち返るところは、「顧客の欲求をどう捉えるか」ではないだろうか。

近年の各社のヘルスケアビジネスへの取り組み強化は、「万が一のリスクに対する備え」という従来の保険の価値提供から「心身共に健康でありたい」「充実した人生を送りたい(QOLの向上)」という顧客のより本質的な欲求を満たすための価値提供への取り組みと捉えられる。

本稿では、生命保険会社がヘルスケアビジネスとして、今後どのように顧客の本質的な欲求に応えていくべきか、そのために何を実施すべきかについて提案したい。

ヘルスケアビジネスの展望

まずは生命保険会社による顧客提供価値の成熟度について整理したい(図表1)。

Level1:従来型保険から、
Level2:新商品・新サービスの提供

「万が一のリスクに対する備え」という顧客の欲求を充足する従来型の保険商品の提供をLevel1とした場合、Level2は顧客の本質的な欲求の一つである「心身共に健康でありたい」に寄与する新商品・新サービスの提供となる。具体的には、健康増進型保険や健康サービスなどが挙げられる。多くの本邦生命保険会社におけるヘルスケア領域の取り組みはこの段階の途上にある。

Level3:リビングサービスの提供

さて、今後Level2を実現した生命保険会社が次に目指すべきヘルスケアビジネスはどのようなものが考えられるか。最終形の一つとして筆者らが考えるのは「リビングサービス」という価値提供のかたちである。

これは、「充実した人生を送りたい(QOLの向上)」という顧客の本質的・包括的な欲求を満たすための価値提供である。顧客または家族のQOLを向上するという目的を考えた場合、提供すべきモノ・サービスの幅は、保険の枠に留まらない。リビングサービスでは、非金融機関を含む企業・機関と共存共栄できるビジネ スモデル(エコシステム)を築くことで、顧客にQOLの向上に必要な様々なモノ やサービスをワンストップで提供できるようになる。一方でその実現は、“言うは易く行うは難し”であることは想像に難くない。次項では、リビングサービスの実現に向けたアジェンダと要所について述べたい。

 

図表1 顧客提供価値の成熟度とリビングサービスイメージ
図表1 顧客提供価値の成熟度とリビングサービスイメージ ©2018 Accenture All rights reserved.

リビングサービス実現に向けたアジェンダ

リビングサービスを実現するための7つのアジェンダを掲げた(図表2)。これらのうち、検討の要となる4つのアジェンダについて述べていきたい。

顧客提供価値の定義

まずは、「顧客のどのような欲求を実現したいのか」「そのために何をどのように提供すべきか」の問いを突き詰めることが第一歩である。この際に重要なことは、企業の視点を排して、顧客視点(生活者視点)で考えることである。

また、顧客を取り巻く環境やライフステージに応じて変化する欲求をいち早く、確実に捉えるために、顧客接点を増やさなければならない。どのような顧客接点を設けるかは生命保険会社だけではなく、エコシステム全体(顧客体験全体)の観点から、協業会社と共に検討する必要がある。

ビジネスモデルの構想

リビングサービスを提供するためには業界・業種を跨いだ共存共栄体制が必要となるが、この原動力は各社が適正な条件での収益源を確保することにある。エコシステムの設計にあたっては、個社が自社の利益に固執せず、エコシステム全体としての付加価値の最大化を目的に置くことが重要である。エコシステムそのものの魅力を最大化することが、結果として各社に大きな収益を生むことになるからである。協業会社の選定においても、こういった方針に賛同してくれることが基本条件となる。

データ活用モデルの検討

Leve1~3の各段階において、顧客の属性・契約情報、バイタル・行動データに加え、顧客の生活に係るデータ(ライフプランや趣味・嗜好等)が得ることができる。エコシステムで蓄積されるこれらのデータは、個々の顧客の欲求に対してパーソナライズされた商品・サービスを提供するためのインプットとなり、リビングサービスにおける顧客提供価値の向上を支える。

他方、蓄積されるデータから新しい収益源を創り出すこともできる。例えば、統計データ(匿名加工情報)の外部販売、ヘルスケアに関するモニターの仲介、顧客のパーソナルデータを基にしたマーケティングプロモーション支援などである。このように蓄積されるデータがリビングサービスの最適化に活用・還元されるだけではなく、新たな収益源を創出する可能性も秘めているのである。総じて、リビングサービスで得られる「データ」を梃にしてビジネスを創出するという発想も求められるのである。

テクニカル要件の検討

リビングサービスの特性の整理なくして、あるべきITアーキテクチャは定められない。例えば、リビングサービスでは、多様な顧客接点を一元的に統合する必要がある。また、顧客向けサービスの開発では、顧客のフィードバックに基づき迅速な改修ができるよう短サイクルでのリリースが求められよう。そして、エコシステムを構成する企業間のシステム連携には柔軟性と機動性が求められる。また、前述のデータ活用モデルを支える統合的なデータ管理基盤とデータ人材も必要となろう。

これらを踏まえると、リビングサービス実現のためには、オムニチャネル化やIoT活用、疎結合アーキテクチャ、API連携、データプラットフォーム、アジャイル志向といった新しい技術や考え方に備える必要がある。

 

図表2 リビングサービスを実現するための検討アジェンダとアプローチ
図表2 リビングサービスを実現するための検討アジェンダとアプローチ ©2018 Accenture All rights reserved.

おわりに

最後にリビングサービス実現に向けての要諦について触れておきたい。

まず、Level3の覇権を争うのは、生命保険会社だけではないということだ。国内外の巨大ITサービス企業や、医療機関・医療メーカー、他の金融機関などもプラットフォーマーを狙いうるのである。それゆえ、顧客提供価値とそれを実現するエコシステムをどのように構築するべきかを見定め、柔軟に軌道修正を行いながら、迅速にエコシステム構築に舵を切ることができるかが成功への近道ではないだろうか。

そして、各種意思決定において、リスクに寛容であることも重要である。海外を見渡しても、現時点でLevel3を実現している企業はごくわずかである。そのためビジネスモデルの将来性を含め、多くが未知数であるが、リスクに対して熟慮しつつも、迅速な意思決定を行えるリーダーシップが不可欠である。

多くの本邦企業が、ヘルスビジネスの成熟度のLevel2にあると述べたが、海外ではグーグル、アップル、アマゾンといったITサービス企業によるヘルスケア産業への進出が見られており、既にLevel3のようなエコシステムの実現に向けた準備を進めていると考えてもおかしくない。今後、顧客の本質的な欲求に応えるため、ヘルスケアビジネスのビジネスモデルの転換が求められるなか、国内外の各社の動きに引き続き注目していきたい。