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2010年代からのデジタル化社会の到来に伴い、「ビッグデータ」等のデータ利活用に向けた機運は高まっていたが、実装にかかるコスト・効果が見えづらかったため、取組みはマーケティング等の限定的な領域であった。
しかし、アフターコロナを見据えた現在は、銀行業界もデジタル化の加速により、そこで得られるデータを活用する潮流が生まれている。
つまり「データ利活用」は“古くて新しいテーマ”といえる。
本稿では、国内銀行の取組み事例をご紹介しながら、データ利活用の“今”と“今後の展望”を考察したい。
銀行業界デジタル化の加速
国内の人口減少による労働生産性向上の社会要請、テクノロジーの進展を背景に、コロナを契機にした非対面チャネルの高度化・業務のデジタル化が加速している。
- チャネル:デジタルチャネルの活用増加により顧客の行動データを捕捉しやすくなり、営業に活用できる機会が増加
- 業務:BPM/RPA/AI-OCR等を駆使した業務のデジタル化により、顧客の取引傾向・事務時間のデータを活用し、更なる生産性向上が可能
- テクノロジー:データを可視化するBIツール、データを格納するクラウド環境、DWH/DMの高度化・一般化に伴い、従来よりも低コストで実現可能
上記状況を鑑みると今がまさにデータ利活用に取り組むべき時だといえる。
今まさにデータ利活用の時期
データ取得が容易になることで、顧客に関する理解を深め、顧客体験を向上するためのマーケティング施策の高度化が進展しているが、近年のデータ利活用はさらに身近なレベルまで広がっている。
データは経営の意思決定にも活用可能である。変化が激しい現在の経営環境において、従来の経験と勘だけで意思決定を行うことが難しくなっている。経営情報を可視化する“経営ダッシュボード”は様々な産業で求められるツールになりつつある。
また、営業現場でも顧客別推奨商品等の営業リード等を自動的に生成することが可能になる。従来一定の経験・スキルを持った人材が行う営業に資する顧客情報の識別を自動化し、網羅的な営業機会の識別ができる。
更には、外部データとの組み合わせにより、自行が対象としている市場の規模・シェアを可視化し、過去比較(前日比・前月比・前年度比等)だけでなく、実績が十分かを検証できる。
データ利活用を浸透させるアプローチ
データ利活用は活用領域・推進組織・データ活用人材・データ活用の仕組み・データ整備の5点が重要なポイントになる。(図表1)
- 活用領域:マネジメント/現場によるデータ利活用の理解を元に、実現したい全体像を整理すること
- 推進組織:専任組織を立ち上げ、データ利活用ケースを実現しショーケースを作ること
- データ利活用人材:取組みにデータ活用人材を参画させ育成すること、必要に応じて人事制度面での配慮を行うこと
- データ利活用の仕組み:意思決定やシステムの仕組みにデータ利活用機能を組み込むこと
- データ整備:重要領域を見極めて、優先度をつけデータ整備を推進すること
また、上記は短期的な取組みにより定着化するものではなく、中長期での視点で取組むべきテーマとなる。
静岡銀行での取組み事例
2021年1月に静岡銀行が稼働させた新勘定系システムは、新たな設計思想によるプログラムの刷新やオープン化技術の採用などにより、いち早く勘定系システムの”2025年の崖”を越えてきた点で先進的であるが、更に次のIT戦略の一手として、情報系システムの刷新を契機としたデータ利活用の高度化に着手している。
本プロジェクトでは、情報系システムを明確な戦略領域として位置づけており、①還元帳票の抜本的な見直しを通じた行員のワークスタイル変革、②データ利活用の戦略領域への発展に向けて「情報基盤整備」「ユースケース設定」「人財育成」の三位一体を軸とした全行的な取組みとしているという特徴があり、データ利活用の高度化を目指す事例としてご紹介したい。
①ワークスタイル変革
帳票の電子化や、帳票自体の削減による業務のシンプル化を通じたコスト削減に取り組む事例はこれまでも多く見られた一方、静岡銀行では情報系システムを刷新する機会を、帳票起点の業務を抜本的に見直し、クラウド技術の活用と併せて行員のワークスタイルを変革する好機と捉えた。
帳票主体の情報還元ではなく、ポータルサイトに以下のような機能を実装することにより、行員が働く場所を選ばずタイムリーに情報を入手することを可能とし、次の行動につなげられる仕組みづくりを目指している。
- 確認するべきエラーの発生など、業務開始のトリガとなる情報をプッシュ配信する機能
- 顧客の取引や行動変化を検知し、イベントに応じた見込み先リストを配信する機能
- 定点観測情報を一画面に集約し行員の職位や立場に応じて必要な切り口や粒度で情報を可視化できるダッシュボード機能
- ツールを使い、店別・顧客別・担当者別など様々な単位での検索・集計を容易に可能とするDB検索機能
なお、これらの機能を活かす前提としてデータカタログの整備を進め、ユーザーがシステム部門の専門家に頼らずデータを自由かつタイムリーに利用できる環境の整備(データの民主化)も並行して進められている。
②情報利活用の戦略領域への発展に向けた三位一体の取組み
柔軟かつ高速なシステムは必要条件だが十分条件ではないため、高価なシステムやツールを導入しただけではプロジェクトは成功しない。
戦略を実現するためのユースケースを定義し、そのために必要なデータを揃え新たなサービスを創出できるデジタル人財を育成する、この「システム」「ユースケース」「人財育成」三位一体で進めることがデータ利活用をテーマにしたプロジェクト成功の要諦となる。(図表2)
静岡銀行では、情報系システムを業務処理や他系インターフェース、および集計機能の提供に留まらない戦略領域であると位置づけ、データ利活用を戦略領域に発展させるため、この「三位一体」の考えをもとに全行的な取り組みとして着手している。
- パブリッククラウド環境を活用したスピーディーかつ柔軟なシステム環境の整備
- 行員や顧客視点でのデータ利用による効果創出・体験刷新を具体的に想定したユースケースの検討
- ビジネス・システム双方を理解し、データを活用して新たなサービスを創出できる人財の育成
特に、ユースケースの検討過程では多くの役員・本部部長などからニーズや課題をヒアリングした結果を外部の知見を取り込みながら整理し、優先度をつけ順次実装していくという全行的な取り組みとしている。
おわりに
銀行において長く使い続けてきたシステムは、更改方針の充分な検討時間や行内での知見の不足などから、現行ベンダーによるハード更改や現行機能踏襲となりがちで、変革の好機を逸してしまう事例が散見される。
この轍を踏まないよう、本稿がデータを活用してビジネス効果を創出できるデータドリブン型の組織へのトランスフォーメーションを果たすための一助となれば幸いである。
事例を紹介させて頂いた静岡銀行様に感謝を申し上げたい。
※FSアーキテクトは、金融業界のトレンド、最新のIT情報、コンサルティングおよび貴重なユーザー事例を紹介するアクセンチュア日本発のビジネス季刊誌です。過去のFSアーキテクトはこちらをご覧ください。