近年のテクノロジーの急速な進展やビジネス環境・顧客の変化に伴うデジタライゼーション対応に際し、金融機関のIT部門・IT子会社のマネジメント層は、自社のデジタルIT人材の強化の必要性を強く感じている。
2018年度の年次経済財政報告(経済財政白書)は、先端技術を専門的に扱うIT人材の育成を課題に挙げており、企業が働き手の学習・成長を評価し、支援することの必要性を強調している。
しかしながら、現状、デジタルIT人材育成の検討に際し信頼できる有益な定義・方法論は存在せず、各社がデジタルIT人材の育成を模索している。
本稿では、グローバルで数多くのデジタライゼーションの推進支援を通じて蓄積した弊社経験・知見を活かしたデジタルIT人材育成について論じたい。
自社デジタルIT人材育成に係る課題認識
RPA、アナリティクス、AI等のテクノロジーの進展、スマートフォン、モバイル決済、インテリジェントデバイス等による顧客のデジタル化および顧客の期待変化、Fin-Techによる新たな競合出現等による金融ビジネス環境の変化に伴い、デジタライゼーション推進が、金融機関にとって大きな経営課題であることは自明である。
最近、IT部門やIT子会社のマネジメント層から、自社のデジタルIT人材(デジタルソリューションの目利き、開発を担うIT人材)の強化の必要性に係る課題認識を頻繁にお聞きする。
現状、喫緊のデジタルソリューション開発については、応急処置的に外部パートナーに大部分を頼って推進している状況であると認識している。一方で、多くのIT部門・IT子会社のマネジメント層が、中長期的にはデジタルソリューション開発において、以下3点については自社社員にて対応すべきと考えている。
1. 事業部門の課題・ニーズに対し、最新テクノロジーを活用した対応策企画
2. ベンダー提案内容の正しい判断・評価
3. 業務部門・ベンダー含む開発体制の検討および開発プロジェクト組成・推進・管理
デジタルIT人材育成の難所
前述のマネジメント層が必要と考えるデジタルIT人材の育成に際しては、3点の難所があると考えている。
① デジタルIT人材要件検討に有益な情報が無い
従来のIT人材と異なり、現状、デジタルIT人材要件検討に際し信頼できる有益な定義は存在しないため、自社での検討が困難である。デジタルIT人材要件、すなわち育成目標が定まらないままでは、真に必要なデジタルIT人材の育成は困難である。
② デジタルIT人材を育成できる人材がいない、かつ、育成方法も不明
デジタルIT人材育成の教師役を担える人材は、自社にはほぼ皆無、外部を探しても極少数しか存在しない。また、デジタルIT人材の育成実績が少なく、確立した育成方法は存在しない。
③ 育成に着手するも、計画通りに成長しているか不明
デジタルIT人材の育成状況を判断・評価する方法が不明である、かつ、見極められる人材がいない。結果、育成の遅延・課題に迅速・適切に対応できず、計画的な育成ができない。
前述の3点のデジタルIT人材育成の難所を踏まえ、弊社のデジタルIT人材育成のアプローチを紹介したい。
デジタルIT人材育成のアプローチ
①デジタルIT人材育成計画着手に際して
デジタルIT人材の育成計画の策定に際しては、デジタルソリューションの開発計画が前提となる。事業計画に則ったデジタルソリューション領域ごと(RPA、 AI、IoT、アナリティクス等)の開発時期・規模の計画に基づき必要な人材の要件・人数の検討、同時にOJTでの育成に適した案件の選定を行う必要がある。
また、前述のデジタルソリューション領域ごとに、業務部門とIT部門・IT子会社のデジタルソリューション開発における業務分掌の共通認識の醸成が重要である。
業務部門とIT部門・IT子会社間の業務分掌は暗黙知であることが多く、各マネジメントが皆同じ認識を持っていると思い込んでいる例を頻繁に見る。しかしながら、実際にデジタルソリューション領域× 開発工程のマップを用いて業務分掌を可視化すると、マネジメント間で認識齟齬があることが大半である。業務部門とIT部門・IT子会社の業務分掌を明確にし、各組織が担う機能、すなわち、各組織に必要な人材について、全社で共通認識を持ったうえで、デジタルIT人材育成計画に着手することが求められる。
②デジタルIT人材の定義
従来のIT人材については、独立行政法人情報処理推進機構が提供しているスキル標準等を参照し、自社向けにカスタマイズすることで、人材像の定義から育成計画の策定まで、比較的容易に実現可能である。
一方で、現状、デジタルIT人材について、信頼できる定義は存在しない。そこで、グローバルで数多くのデジタライゼーション推進支援を通じて蓄積した弊社の経験・知見を基に研究・整理しているデジタルIT人材アセットを紹介したい。デジタルソリューション開発推進に必要な人材を、役割に応じて17種類のデジタルIT人材タイプ(図表1。2018年8月時点。継続的に研究されているため随時更新あり)に分類し、各人材タイプの役割、求められる知識・スキルを定義している。当然ながら、各人材タイプには複層のレベルが定義されており、各レベルに求められる知識・スキルレベルも定義されている。
実績に基づき定義されたデジタルIT人材アセットの活用により、実効性のあるデジタルIT人材像を効率的に定義することが可能である。実際には、自社の要件や運用負荷を考慮し、このアセットから5~6程度の人材タイプに取捨選択・統合して、自社向けのデジタルIT人材体系を定義する。
デジタルIT人材には、「最新テクノロジーへの興味・関心、継続的な学習」「オープンな対話による協業」「専門家として自分だからこそ成し得る結果への拘り」等の行動特性も必要であり、知識・スキルと並行して検討・定義することが求められる。
③デジタルIT人材の育成方法
現状、デジタルIT人材の育成事例は少なく、育成方法についても信頼できる有益な方法論は無い。
弊社には各デジタルIT人材の専門家が在籍し、効果的なデジタルIT人材の育成方法・育成実績を有しており、各デジタルIT人材の育成に必要な「参画すべき開発案件・付与すべき役割」や「受講すべき研修」を定義し、育成計画の策定が可能である。
育成計画に則った案件への参画に際しては、必要十分な基礎知識・スキルの事前学習・習得が重要となる。既存のIT人材を、事前学習無きままにデジタルソリューション案件に参画させても、期待する成長は実現できない。
弊社では、目指すデジタルIT人材タイプに応じて、案件参画に際し事前に受講すべき研修(図表2)を提供し、効果的・効率的な人材育成および案件への貢献を実現している。
一方、育成計画に則ったOJTの推進について、現状、デジタルIT人材育成の教師役を担える人材は極僅かであり、教師役のみを外部から個別調達することは現実的ではない。従って、デジタルソリューション開発をパートナーと協業で推進する中で、パートナー要員を教師役とした自社デジタルIT人材育成の計画策定が得策と言える。
④デジタルIT人材の育成進捗チェック
定期的な育成進捗チェックにより、育成の遅延・課題を可視化し、迅速かつ適切に対応することが、計画的なデジタルIT人材育成の実現に不可欠である。育成計画に則った育成進捗チェック要件(参画案件・役割付与状況、研修受講状況、育成結果としての知識・スキル習得状況等)の定義、および、3ヵ月に1度程度の頻度で育成進捗チェックを実施する運用プロセスの定義が求められる。
まとめにかえて
デジタル領域の技術革新のスピードは目まぐるしく、デジタルIT人材育成計画についても継続的に最適化を図る必要があり、優秀な教師役を保持し続けることが成功要件と考える。
また、現在、人材市場において、デジタルIT人材は引く手数多である。育成計画と並行して、自社に引き留めるリテンション施策の検討が必須である。
最後に、如何に優れたデジタルソリューションを開発・展開したとしても、全社のデジタライゼーション推進の実現には、デジタルソリューションを利用する全社員の意識改革が必要であり、全社レベルでのカルチャー改革が重要不可欠であることを言い添えたい。