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世界各国の規制当局や政府機関が近年進めているオープンバンキングの取り組みは、金融の世界へ根本的かつ広範な影響を及ぼしつつあります。そのインパクトは、単なる情報のオープンデータ化とそれに伴う市場競争の加速にとどまりません。長期的に見れば、金融という概念そのものに破壊的な変革をもたらす可能性があります。この仕組みによって、サードパーティによる顧客情報へのアクセスが(顧客による同意の下で)可能になれば、消費者の多様なニーズに応える革新的商品・サービスの創出につながるからです。

多くの金融機関は、特にリテールバンキング分野でオープンバンキングのポテンシャルに注目し、その活用に向けた取り組みをすでに進めています。しかし、目の前にある機会に注力しすぎれば、市場に潜むさらに大きなポテンシャルを見逃すことになるかもしれません。オープンバンキングはコーポレートバンキング、特に中小企業向けのサービス分野で、今後大きな変革と機会をもたらす可能性があるのです。

全2回でお送りする本ブログでは、まず第1回でオープンバンキングの最新規制動向と中小企業向けサービスのポテンシャルについて検証。第2回では、この流れを日本の金融機関が最大限活用するためのアプローチについて解説します。

オープンバンキング拡大の背景

EU諸国では、サードパーティとの安全な顧客データ共有や競争促進、決済市場でのセキュリティ強化を目的とした改正決済サービス指令(PSD2)の施行により、バンキング市場の開放が進んでいます。この流れは金融機関にとって非常に大きな意味を持ちます。なぜなら、これまで独占的に利用してきた自行の顧客データを(顧客の同意を得られれば)サードパーティと共有することが義務付けられるからです。

PSD2の施行は今年9月に予定されていますが、ここで留意すべきは同指令がオープンバンキングの到達点ではなく、長期的取り組みの通過点であるという点です。英国における金融セクターの現状は、この性質をよく現しています。破壊的変革の最先端を行く市場といわれる同国では、9つの大手銀行を対象としたオープンバンキング関連規制が2018年初頭に施行されました。しかしその適用は必ずしも予定通りに進んでいません。金融セクターのイノベーションや透明性向上、競争促進を目的として英国政府が設立したオープンバンキング推進組織OBIE(The Open Banking Implementation Entity)[1]は、最近発表したレポートの中でこの現状について言及。オープンバンキングのメリットを最大限活用するためには、決済能力の向上や利用者保護の強化、APIのさらなる高度化[2]など、さらなる取り組みが必要だという見方を示しています[3]。

また英国のオープンバンキング関連規制やPSD2は現在「当座預金を始めとする決済口座」のみを対象としていますが、消費者のメリットをさらに向上させるためには適用範囲を預金口座や住宅ローン、保険・年金商品などに拡大する必要があるでしょう[4]。この点についてOBIEは、「オープンバンキングが他の金融商品にも適用されれば、さらなる市場競争と消費者メリットの拡大につながる。しかし現在のところ、消費者がこうした商品情報にアクセスする方法は、不安定かつ信頼性の低いスクリーンスクレイピング*(screen scraping)に限られている」と指摘しています[5]。つまりPSD2はあくまでもオープンバンキング実現に向けた1つのステップであり、消費者へさらに大きなメリットをもたらすためには、取り組みの加速が不可欠なのです。

*スクリーンスクレイピング = 他サイトの画面情報の中身から情報を抽出すること。例えばマネーフォワードなどの個人資産管理(アカウントアグリゲーション)サイトでは、この手法を使うことが多い。

では欧米諸国の政府は、なぜオープンバンキングの推進をつうじた消費者メリットの向上にここまで力を入れているのでしょうか?その大きな理由の1つは潜在的な経済効果です。英国の非営利組織Open Banking Limitedが最近発表したレポートによると、オープンバンキングのポテンシャルをさらに活用すれば、消費者・中小企業にもたらされる経済効果はそれぞれ年間120億ポンド(約1兆5500億円)と60億ポンド(約7700億円)に達すると予測されています[6]。ここで特に注目すべきは中小企業への経済効果です。リテール分野には及ばないものの、オープンバンキングの推進によって大きな機会が創出されることがこの数字からも伺えます。ヨーロッパ市場で、中小企業向けサービスのポテンシャルに注目が集まっている理由の1つもそこにあるのです。

中小企業向け市場がもたらす変革と機会

多くの海外市場では、オープンバンキングを中小企業向け市場で活用し、新たな取り組みを行うフィンテックがすでに台頭しています。例えばニュージーランドを拠点とするXeroは、約700の統合アプリを活用し、支払い・勘定調整・リバースファクタリング・給与支払い・請求書作成・流動性予測などの作業を自動化した次世代クラウド型会計ソフトを提供。同市場で独自のバリューチェーンを築いています[7]。一方、英国のBankiFiは、全く異なったアプローチで中小企業向け市場がもたらす機会を活用しています。同社が展開するのは、銀行が自社サービスとして展開可能なホワイトラベルのマイクロサービス。請求書作成・会計・納税申告・収支予測・決済・インボイスファイナンスといった多岐にわたるサービスを提供しています[8]。同社プラットフォームの特徴は、中小企業がそれぞれのニーズに応じたオプション機能を選択し、取引銀行を介して利用できることです。自前で大規模なリソースを投入することなく、顧客体験・顧客ロイヤルティの向上を図れるBankiFiのサービスは、金融機関からも幅広い支持を得ています。

これら2つのケースはいずれも、様々な大企業向けサービスの対象を拡大して中小企業へ提供する試みです。中小企業経営者にとって、事務作業に費やしてきた時間を経営や事業運営そのものに向けることができるのは大きなメリットです。また手形割引や割引債、為替取引といった分野で新たな収益源を生み出すことができれば、金融機関やフィンテックも計り知れない恩恵を受けるでしょう。

こうしたサービスが大きな潜在ニーズを持つという点では、日本も海外市場と変わりません。日本の現状を見てみると、近年オープンバンキング推進に向けた様々な方策が打ち出されているものの、ヨーロッパほど取り組みは進んでいません。その大きな理由の1つとなっているのが根強い現金志向です。依然として現金ベースの経済活動が主流の日本では、収益性の高いオンライン取引やキャッシュレス決済の拡大が金融機関の優先事項となっているのです[9]。しかし中小企業が深刻な労働力不足とさらなる業務効率化の必要性に直面している日本でも、オープンバンキングを活用したサービスは今後大きな潜在需要が期待できるはずです。

例えば、勘定調整・キャッシュマネジメント・支払い手続き・法人会計・請求書作成といった業務のデジタル化が比較的容易かつ低コストで実現できれば、中小企業への高い訴求力を持つでしょう。中小企業の銀行口座とリンクしたクラウドサービスも、利便性向上という枠組みにとどまらないポテンシャルを秘めています。究極的には、社内人材として経理・会計担当者が必要なくなる日が来るかもしれません。また、海外進出する日本企業向けにオープンバンキング・プラットフォームを活用したソリューションを提供できれば、会計などバックオフィス業務の領域で現地人材を確保する必要がなくなるため、大きな需要を見込める可能性があります。

採算性などの問題もあり、日本の金融機関はこれまで大企業を主なターゲットとして多くの商品・サービスを展開してきました。しかしオープンバンキングの広まりにより、中小企業向けのポートフォリオを充実させ、新たな収益源として積極的に活用できる環境が整いつつあるのです。

資金調達環境の向上

中小企業向け市場で、もう1つ大きな可能性を持つ分野は融資です。中小企業が(大企業と比べ)資金調達面で課題を抱えていることは、数多くの研究により指摘されています[10]。その背景の1つとなってきたのは、中小企業の財務状況に関する情報の不足です。しかし今、オープンバンキングの実現により、過去の財務状況・取引履歴などの情報を融資審査に利用することが可能になっています。デジタルツールやビッグデータを駆使すれば、中小企業の資金調達環境を劇的に改善し、資金需要の拡大につなげることができるかもしれません。

海外市場では、融資専門の金融機関がオープンバンキングを活用したサービスをすでに提供し始めています。例えば英国では、中小企業向け融資機関iwocaがロイズ銀行と連携し、融資引受業務の効率化とスピードアップを実現。申請情報を銀行に提供してから審査完了までわずか60秒というサービスを展開しています。「ビジネスローン申請を、フライトのオンライン予約と同じ手軽さで」という理念を掲げる同行は、オープンバンキングAPI経由で過去5年の取引データを分析し、最大20万ポンド(約2700万円)の融資を提供。現在までに総額9億ポンド(約1230億円)以上の貸付を行っています[11]。フィンテックと大手金融機関のパートナーシップを通じた融資チャンネルの拡大により、ヨーロッパを拠点とする中小企業の資金調達環境は大幅に改善しつつあります。iwocaの取り組みは、中小企業向け融資の分野でオープンバンキングが最も大きな影響を及ぼしている事例と言えるかもしれません。

第2回では、ここまで紹介してきたようなサービスやイノベーションが日本の金融機関にもたらす潜在的機会と脅威。そして、法人業務分野でのオープンバンキング活用に向けて取るべき戦略・アプローチについてお話します。

[1] リンク先を参照: https://www.openbanking.org.uk/about-us/news/obie-launches-new-fingleton-and-odi-report-examining-the-purpose-progress-and-potential-of-open-banking/
[2] 同上
[3] Open Banking, Preparing for lift off: Purpose, Progress & Potential, ODI and Fingleton (June 2019). リンク先を参照: https://www.openbanking.org.uk/wp-content/uploads/open-banking-report-150719.pdf
[4] 同上
[5] 同上
[6] Consumer Priorities for Open Banking, Reynolds F et al (2019)。リンク先を参照: https://www.openbanking.org.uk/wp-content/uploads/Consumer-Priorities-for-Open-Banking-report-June-2019.pdf
[7] Xeroの詳細についてはリンク先を参照: https://www.xero.com/nz/marketplace/app-function/
[8] BankiFiの詳細についてはリンク先を参照: https://www.bankifi.com/about
[9] The Brave New World of Open Banking in APAC: Japan, Accenture (October 16, 2018). See: https://bankingblog.accenture.com/brave-new-world-open-banking-apac-japan?lang=en_US
[10] Digital Innovation Can Improve Financial Access for SMEs, Naoko Nemoto (ADBI) and Miriam Koreen (OECD) (March 27, 2019). https://t20japan.org/wp-content/uploads/2019/03/t20-japan-tf9-1-digital-innovation-improve-financial-access-smes.pdf
[11] Iwocaの詳細についてはリンク先を参照: https://www.iwoca.co.uk