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月刊金融ジャーナル掲載記事のご紹介:2020年10月号

近年、デジタルを活用したサービス、ビジネスモデル等、経営の変革を図るデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の検討が経営課題となっている。本稿では金融機関におけるDXの必要性、及び弊社のプロジェクト経験に基づくDXを成功に導く要諦について解説したい。

1. 金融機関におけるDXの必要性

デジタルトランスフォーメーションとは

昨今、働き方改革に続き、DXが社会全体の「バズワード」になってきている。

DXとは、「デジタルテクノロジーを活用し、ビジネス環境や顧客ニーズの変化に迅速に対応するとともに、サービス、ビジネスモデル等、企業の変革を図ること」である。そのため、DXに企業が対応できているか否かは、その企業の経営判断や企業運営に大きく左右される。現在多くの日本企業が働き方改革に続きDXに舵を切っているが、十分な成果を上げられていないケースが多いのが現状である。

DXが求められる背景

そもそも、なぜ今DXが求められるのだろうか。DXが求められる理由として、大きく2つの背景があると考えられる。

1つは、「顧客・社会のデジタルニーズの高まり」である。これまでも顧客・社会のデジタルシフトは盛んに議論されてきたが、ここにきて新型コロナウイルス感染症の拡大により、この流れが急激に加速している。これまで対面で提供してきたサービスのオンライン化やリモート化だけでなく、それに関連する事務処理もペーパーレス化などの対応を一気呵成に進めていく必要があるためだ。顧客や社会のサービス提供者に対するデジタル化のニーズが大きく高まったことで、金融機関は営業や事務のあり方を根底から変える必要がある。

もう1つは、「社員のストレス増大」である。多くの社員は私生活でデジタルを使いこなしている一方で、職場では使い勝手の悪い古いシステムを使い、紙ベースの処理が求められている状況だ。リモートワークもままならない環境であれば、なおさらストレスは増加する一途である。こうしたことが社員のモチベーションを下げ、生産性を低下させることにつながりかねず、もはや看過できない経営課題である。

新型コロナウイルスによって加速している金融機関のDXは、「やった方がよい」検討テーマという位置付けではなく、もはや「やらなければ競争力を失う」極めて重要な経営課題になっているのだ。

2. DXを成功に導く要諦

これまでアクセンチュアは、数多くの企業のDXの支援をしてきた。その経験に基づき、 アクセンチュアでは「DXフレームワーク」を整理している(図表)。

このフレームワークに従って、DXを推進する上で非常に重要なポイントを述べていきたい。

①ビジョン・ミッション

DXを推進する上でまず必要なのが、経営層がDXのビジョン・ミッションを示すことである。具体的には、DXを通して実現したいビジネスや業務の目的・目指す姿を提示し、 それを社内外に公表・浸透させていくことだ。  ここで重要なのが、業務効率化など、取り  組みやすく効果の見えやすいものにとどまらず、顧客に対するビジネスやサービスそのものをDXで変えていくという構想を持つことである。

例えば、米国のMorgan Stanleyでは、CEO 自らがデジタルを駆使して顧客へのアドバイスモデルを回転売買型から中長期的なアドバイス型に転換し、市況に左右されにくい残高フィー型の収益構造への転換を図ると明言し、実際に成果を上げている。

日本の金融機関の経営層と話していると、「前よりは改善している」と、現状のデジタル化施策に一定の満足を示されている方も多い。だが実態は、業務効率化を中心とした取り組みがほとんどであり、デジタルを活用し たビジネス・サービスモデルの本質的な転換に踏み込めていないケースが多い。DXを単なる業務効率化に終わらせず、本当の意味で 競争力強化につなげるためには、経営トップ がDXを通じて実現すべきビジネス・サービスの将来像を描き、各部門と共に具体的な案 件化を推進するリーダーシップを発揮する必要がある。

②ビジネスプロセス

DXの成果で最も重要なことは、顧客体験の向上である。つまり、既存のシステムや業務、部門間の制約に縛られず、顧客目線でビジネスやサービスを設計することが重要となる。

さらに、「顧客と取引をする瞬間のサービス提供における顧客体験」にとどまらず、「提案時から取引後のアフターフォローまで、一 貫して高い顧客体験」を提供できるサービス設計が必要となる。つまり、今ある業務をデジタル化するだけでは、DXの効果は十分に得られない。デジタル化するために既存の業 務が適していないのなら、業務自体を変更すべきなのである。

③投資管理

従来、システム投資を判断する際に重視される指標としてROI(Return On Investment: 費用対効果)が最も一般的であるが、DX案件において、ROIを評価軸に投資判断をすることは必ずしも正しい判断とは言えない。

DXの主たる目的は、「ビジネスモデルの変革および顧客満足度の向上」であるため、短期的な収益向上やコスト削減に直結した案件になるとは限らないのである。

例えば、従来型のシステム投資案件では、「ある工程をデジタル化することにより作業 時間を20%短縮する(その結果、人件費が年間XX億削減される)」といった内容となり、業 務効率化および短期目線の案件が多くなる。

一方DX案件は、「顧客向けWebサイトに、アドバイザーとのリモート相談機能を追加し、来店が難しい顧客へのサービス提供および専門家による高品質のアドバイスを可能にする」といった直接的な収益向上やコスト削減効果が見えにくい案件になることが多い。しかし、 こうした新たな顧客体験を提供する施策が、顧客満足度の向上や潜在的な取引ニーズの顕在化をもたらすことが多く、長期的な目線で金融機関に大きなメリットとなるのだ。

そのため、DX案件の評価は従来のROI重視では十分ではない。そこで提唱したいのが、「デジタルKPI」である。「デジタルKPI」はROIに代わり、「デジタルチャネルを通じた獲 得顧客数」「顧客の取引までのステップ数」「顧 客のウェブサイト滞留時間」など、デジタルを活用したビジネス・サービスモデルの変革を図る指標である。

シンガポールのDBS銀行では、従来の伝統的なKPIに加えて、上記のようなデジタルKPI(DBS銀行では、“Making Banking Joyful”KPIs と呼ばれている)を設定し、DX案件のパフォー マンスおよび進捗状況の評価を行っている。

④文化・組織

顧客のニーズがこれまで以上のスピードで変容し、日々新たな技術が生まれる昨今の時流においては、検討プロセスも変えていかなくてはいけない。従来のウォーターフォール型の案件推進では時間を要し、方針が定まった時点では、前提とした顧客ニーズやデジタル技術が既に陳腐化したものとなりかねない。そのため、DXが生み出す新たなビジネスやサービスを迅速に顧客へ提示し、フィードバックを受けながら調整していく「アジャイル型のアプローチ」が求められる。誤解を恐れずに言えば、多少なりとも失敗することを前提とし、Trial & Error(試行錯誤)を継続的に積み重ねていく文化を醸成することが、DX推進における成功要因の1つとなる。

また、組織面の対応として欠かせないのはDXを推進するリーダーの任命である。多くの金融機関においてDX推進リーダーがあいまいになっていることによって、具体的な案 件化が進められていないという現状が見られる。経営層だけでなく、各部門でのDX推進リーダーを明確にし、そこを核としてDXを推進することが不可欠である。

⑤タレント

前述したアジャイル型のアプローチは、短いスパンでTrial & Errorを継続することが肝要であり、そのような進め方は旧来の業務部 門、システム企画部門、開発部門が直列型に関係しあう組織では、コミュニケーションに時間を要するため実現が難しい。

そのため、業務部門の中にデジタルに精通する人材を配置し、業務サイドと開発サイドの相互理解を促進し、デジタルを活用した業務設計、システム化の構想をスピーディーに行っていく必要がある。

そうした検討を推進するデジタル人材を確保するためには、外部からの採用や協力会社 との協業も必要になるだろう。特にデジタル人材を採用するためには、人事制度(デジタル人材のキャリアパスや教育)や給与体系の見直しは不可欠である。

DBS銀行では、DXを最重要の経営戦略と位置付け、対外的にアピールすると共に、デー タ分析・クラウドなどのテクノロジー専門の採用コースを整備し、給与水準も高く設定す ることで、競争力のあるデジタル人材の獲得 を図っている。

⑥テクノロジー・プラットフォーム

DXを実現するためには、テクノロジーのプラットフォームとしても新たな取り組みが必要となる。特に重要と考えられているのが、「データ」と「クラウド」の活用である。

金融機関は顧客情報をはじめとする膨大なデータを有している。しかし、そのデータを、顧客へのサービス向上につなげられているだろうか。多くの金融機関において、顧客情報は分断され、有効活用は道半ばの状況にある。 さらに、顧客のニーズ情報等がシステム上になく、営業員の頭の中にあるといったケースもいまだに存在している。

米国のMorgan Stanleyでは、顧客情報を分析するデータベースとアナリティクスを整備し、顧客に提案すべき内容を担当のアドバイザーに提示する「Next Best Action」というシステムを整備している。従来の属人的な提案に頼るのではなく、組織としての知見を生か して顧客への提案品質を向上する取り組みである。

また、クラウドの活用は、システムの俊敏性を高める極めて有効な手段である。セキュリティー面の懸念でクラウドに踏み出せていない日本の金融機関は多いが、実際には、十分にビジネスメリットを理解できておらず、セキュリティー面の懸念のみが指摘されているケースが多い。日々進歩しているクラウドプラットフォームをビジネスメリットと共に再度検討することを強く勧めたい。

3. 真のDX実現に向けて

経営層の多くはDXの重要性は理解しているが、日々の業務運営に追われ、DXに本腰を入れて対応できてはいないケースが多い。DX を検討するためのリソース(要員、予算等)も配備できていないという状況も見られる。

真のDXを実現するためには、こうした経営層の意識を抜本的に変えていくことが必要である。DXには、経営層がビジネス状況を的確に把握し、DX検討リソースを配備し、明確なビジョンに基づきデジタル案件の投資判 断・推進を先導することが不可欠である。経 営者の意識改革が真のDX実現に向けた第一歩と言えるだろう。

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月刊金融ジャーナル2020年10月号